見出し画像

映画秘宝インタビュー傑作選1 クエンティン・タランティーノ 僕はいつでも差別は大嫌いだ。だから『イングロリアス・バスターズ』ではファシストをぶっ殺したんだ

取材・文:町山智浩
初出:『映画秘宝』2009年11月号

−−この映画にブラッド・ピットが主演することになったのは、あなたが彼をベロベロに酔わせて出演契約したという噂がありますが。
QT  いつの間にかそういう話になってるね。でも真相は違うんだ。僕はブラッド・ピットがフランスに持ってる家を訪ねた。彼の家はワイン畑を持っているんだ。飲んだのはブラッドのワインなんだよ。飲まされたのは僕のほうなんだ。無理やり飲まされたわけじゃないけどね。朝の4時くらいまで飲んでたっけな。翌朝起きたらそこらじゅう空き瓶だらけだったよ。
−−イーライ・ロスをヒーロー役にキャスティングしたのは冒険じゃないですか?
QT  俳優としての実力はわからないけど、イーライはサービス精神が旺盛な男なんだよ。ホラー・オタク雑誌『ファンゴリア』のイベントに出演するのを見たけど、ファンを喜ばすためなら何でもする。演技の勉強はしてないけど、生まれつきのパフォーマーなんだ。
 もうひとつ、彼にはキッツいボストン訛りがあるんだ。あの役にはボストン訛りが必要だけど、あれは演技じゃ不可能だよ。

●ファシストをぶっ殺す理由

−−戦争映画マニアでしたか?
QT  いや、僕はいわゆる軍事オタクじゃなかったね。戦争映画が好きだっただけで。だから10年前に『地獄のバスターズ』(75年)をもとに映画を作ろうと思ってから、第二次大戦についていっぱい勉強したんだ。で、勉強しすぎて、いつものように脚本が書けなくなった。脱線しちゃったんだな。でも、そのいっぽうで、戦争について勉強したことで、歴史の見方が変わった。第二次世界大戦というのは差別についての戦争だった。ナチがヨーロッパのユダヤ人を絶滅しようとし、アメリカがヨーロッパをナチから解放した。白人と黒人を隔離した軍隊でね(笑)。
 まず、最初にやりたかったのは、カッコいい戦争アクションを作ること。でも、第二次世界大戦を描くなら、そこに歴史観を持たさなければならない。僕の場合はいつだって差別は大嫌いだってこと。だからファシストはぶっ殺したい。奴らが人々にやった最悪のことを奴らにもやってやりたい。僕はそれをこの映画でやった。歴史的な事実ではないけど、「もし、こうなったら?」って想像することは楽しいよ。南部を舞台にしてKKKを皆殺しにしてもよかったね。
−−『地獄のバスターズ』はイタリア製、いわゆるマカロニ戦争映画だけど、なぜハリウッド製でなく、マカロニをスタイルに選んだの?
QT  マカロニ映画にはいろんな特徴があるけど、まずひとつの定義は暴力的世界観だ。人間の命は安く、誰もが簡単に死んでいく。パチン!(指を鳴らして)こいつは死んだ。実に即物的で感傷なんてない。これはナチス支配下のヨーロッパを表現するには最適の方法じゃないかと思うんだ。イタリア製の西部劇は第二次大戦の体験を映した鏡なんだろうね。実際、マカロニウエスタンの巨匠セルジオ・レオーネが死ぬ直前に企画していた映画はスターリングラード攻防戦についての映画だったんだよ。

●ならず者戦争映画からマカロニまで元ネタ映画大行進

−−でも、『イングロリアス・バスターズ』が模倣したのはイタリア映画だけじゃないよね?
QT  うん。最初の2章だけはマカロニ復讐劇のスタイルで始めたけど、それ以降は自由にやったよ。フランス映画や、60年代から70年代のならず者部隊が出てくる戦争映画。『特攻大作戦』(67年)とか『コマンド戦略』(67年)とか『戦争プロフェッショナル』(68年)とかね。
−−『暁の七人』(75年)はどうですか?
QT  もちろん影響受けたよ。英国軍がナチ幹部暗殺のために、ナチに支配された地域に特殊部隊を送り込むというアイデアは『暁の七人』だね。
−−ロベール・エンリコ監督の『追想』(75年)は?
QT  もちろん! 『追想』は、ナチに火炎放射器で奥さんと子供を殺されたフィリップ・ノワレが古城にナチを誘い込んで復讐する話だよね。なかでも素晴らしいシーンは、ナチが大きな鏡を覗くと自分の姿が映っている。その鏡の向こう側に隠れているフィリップ・ノワレが火炎放射器を撃つと、鏡を突き破って炎がナチを焼き殺すんだ! 僕は復讐についての話に魅了されるんだ。マカロニウエスタンは復讐の話が多かった。でも戦争映画はそうじゃない。僕は戦争映画に復讐の要素を盛り込みたかったので、ユダヤ人たちをヒーローにしたんだ。
−−ナチに家族を殺された者たちの復讐ではロシアに『炎 628』(85年)という傑作がありますが。
QT  どういう映画かは知ってるよ。でも、観たらまた影響を受けちゃって映画がなかなか完成しなくなっちゃうと思ったんで、編集が終わるまで観ないように決めたんだ。もうひとつ、今回影響を受けるのが怖くて観なかった映画にはジャン・ピエール・メルヴィル監督の『影の軍隊』もある。
−—では、他に『バスターズ』に影響を与えた映画は?
QT  1940年代、第二次大戦中にハリウッドで作られた映画だね。エルンスト・ルビッチの『生きるべきか死ぬべきか』(42年)とか。ルビッチはナチ支配下のヨーロッパから逃げてきた亡命者だった。彼以外にも当時のハリウッドにはナチから亡命した監督がいっぱいいたんだ。フリッツ・ラングや大好きなダグラス・サークとかね。ドイツでも映画作家として評価が高かったけど、ナチのために映画を作るのを拒否してアメリカに渡った人たちだ。彼らの映画はものすごくスタイリッシュなんだ。戦争の真っ最中だっていうのに、すげえエンターテインメントでさ。エレガントで、セリフも洒落ていて、ギャグも利いていて、ストーリーはスリリングだ。
 この映画は映画を使ってナチのプロパガンダをしたゲッベルス宣伝相を倒す話だけど、ゲッべルスは「ハリウッド映画はユダヤ系のプロパガンダだ」と攻撃していた。だから、ハリウッドで反ナチ映画を作っていたナチからの亡命者のスタイルを取り入れたかった。

●映画を悪用したナチに映画を使って逆襲する

−−『バスターズ』は結末で歴史を変えてしまっていますが、その決断はどうして?
QT  本当の歴史はあっちに進んだけど、僕の映画はこっちの道に進む。でも脚本を書いている間はそんな結末になるなんて考えてもみなかった。僕が創造したキャラクターたちが自分で歴史を変えてしまったんだ。もちろん歴史的事実じゃない。キャラクターは実在しないから。でも、もし実在したら、この映画の結末は必然なんだよ。
−−「映画を戦争に悪用したナチに、映画を使ってお仕置きする」。これは映画を愛するあなたの復讐ですか?
QT (笑)このテーマも最初から考えていたわけじゃない。やっぱり脚本を書いているうちに物語それ自体がこういう結末を形成していったんだよ。ヒロインのショシャナが映画館の看板を換えているときにドイツ兵のフレデリック・ゾラーに話しかけられるシーンを書いていたんだ。ゾラーがチャップリンとマックス・ランデー(サイレント時代のフランスの喜劇俳優)を比べて、レニ・リーフェンシュタールの話をする。そこからオルガニックにあの展開へと結実していった。映画への愛は隠せないね。
 この映画で僕は第二次大戦を通して究極的には映画への愛を表現することになった。この映画は、映画の力が第三帝国を滅ぼす物語だ。元気の出るメタファーだろ? でも、単にメタファーじゃなくて、本当に科学的な事実として35ミリの可燃性フィルムそれ自体が物理的にナチの幹部を焼き殺すのさ!
−−ジュリー・ドレフュスがゲッべルスにバックからバンバン突かれるインサートカットは?
QT  笑えるだろ。撮り方も、インサートの唐突さもラス・メイヤー風を狙ったんだ(笑)。

こちらもよろしかったら 町山智浩アメリカ特電『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?