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映画秘宝インタビュー傑作選6 ギレルモ・デル・トロ『シェイプ・オブ・ウォーター』で怪獣映画に初のオスカー!「モンスターは救世主で、僕はその伝道師だ!」

取材・文:町山智浩
初出:『映画秘宝』2018年2月号

●キッカケは6歳で観た『大アマゾンの半魚人』

 僕は6歳のころ、テレビで『大アマゾンの半魚人』(54年)を観たんだ。アマゾン川の奥地に入った探検隊がそこに大昔から生きていた半魚人と出会う。半魚人側から見れば侵略者だよね。大自然のなかで平和に暮らしていたら、ある日突然、銃を持った連中が入って来て、半魚人を殺そうとするんだから。
 その探検隊の女性(ジュリー・アダムズ)が水着で川を泳ぐ場面が印象的だった。水面下で半魚人が彼女と並行して泳ぐのを水底から撮っている。シンクロナイズドスイミングのような、水中バレエのような美しいシーンで、それを観たとき、スタンダール・シンドローム(芸術などを観て眩暈を覚えること)に襲われた。でも、幼すぎて何が衝撃だったか自分でもわからなかったけど、僕は求めても得られない愛の悲しさを感じたのだと思う。
 半魚人は探検隊に殺されてしまう。「なんてヒドイ話だ」と思ったよ。あんな美しい生き物を! だから僕は映画を観た後、ジュリー・アダムスと半魚人が2人でピクニックしたりアイスクリーム食べたりするハッピーエンドの絵を描いたんだ。半魚人とオペラ座の怪人の絵ばかり描いていた。いつか2人を幸せにしたいと思いながら40年以上経って、『シェイプ・オブ・ウォーター』になったんだ。

●“The Others” 忘れられた人々の物語

「半魚人と清掃員の恋」というアイデアをくれたのは作家のダニエル・クラウスだった。僕はヒロインのイライザを最初からサリー・ホーキンズをイメージにして脚本を書いた。イライザは香水のCMのモデルみたいな美女じゃなくて、通勤途中のバスで隣に座っていても不自然じゃない、ずっと孤独に暮らして来ただろうと思わせる女優が必要だった。彼女は話せない。意見を言うチャンスを奪われた人々の象徴だ。
 イライザの隣人で画家のジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)も身寄りのないゲイの老人で、当時はいないことにされていた人間だ。イライザは政府の秘密研究機関の清掃員だが、他の清掃員は親友のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)をはじめ、アフリカ系かラテン系が多い。イライザの周りはみんな「The Others(非主流派)」だ。これはそんな世界の隅っこで忘れられた人々が、研究施設に囚われたアマゾンの半魚人を救い出す話なんだよ。

●自己資金で製作

 僕の映画のキャラクターの名前にはみんな意味がある。イライザの苗字エスポジットはラテン語で孤児という意味だ。ジャイルズは『ラブ&デス』(97年)という映画でジョン・ハートが演じたゲイの作家の名前から取った。ジャイルズは『ゴッド・アンド・モンスター』(98年)で、『フランケンシュタイン』の監督で、ゲイだったジェームズ・ホエールを演じたイアン・マッケランのイメージで作ったキャラクターだ。
 この映画の売り込みは難しかった。人気スターの出てこない半魚人と清掃員のラブ・ストーリーにポンとお金を出す会社はない。僕が作らなきゃ誰がやる。だから自己資金を投じた。製作費は2000万ドル以下に抑えた(『パシフィック・リム』は1億5000万ドル)。そのおかげで誰にも口を出されずに自由に作ることができたよ。

●現代の鏡としての1962年

 1962年を舞台にしたのは「今」だからさ。この映画で描かれる62年はリアルな60年代ではなく、米ソ冷戦時代の要素を圧縮した世界だ。女性の抑圧、男性の支配、排外主義、権力の横暴、人種の分断、それが冷戦時代のアメリカだけど、今も変わらない。この1962年は現在のアメリカの鏡なんだ。でも、現在を舞台にしたら政治討論が始まってしまう。論争を恐れて口をつぐんでしまう。だから「昔むかし、1962年、言葉を話せない女の人と怪物がいました」というおとぎ話にすれば、みんなガードを下げて聴いてくれるというわけさ。

●暴力で支配するマイケル・シャノン

『デビルズ・バックボーン』(2001年)と『パンズ・ラビリンス』(2006年)ではフランコ将軍の独裁政権下のスペインが舞台だったけど、『シェイプ・オブ・ウォーター』は今(つまりトランプ政権の時代に)、公開されることで実にタイムリーになった。なぜならマイケル・シャノン扮するストリックランドという政府のエージェントがいるからだ。彼は半魚人を暴力で支配しようとする。自意識が歪んでいる。妻に対する態度を見てほしい(笑)。ストリックランドはイライザに「好きだぜ」と言う。彼女はしゃべれないからだ。トイレを済ませた後、手を洗わず「手なんか洗うやつは女々しい」と言う(笑)。強さ、男らしさに強迫観念を持っている。彼ひとりじゃない。そんな男たちが世界を動かしている。それを変えなくちゃならないんだ。

●赤は命と愛。グリーンは未来

 もとは白黒で撮ろうと思っていたから、カラーパレットはシンプルにコーディネイトした。ヒロインのイライザのアパートの室内はブルー。海の底のイメージだ。壁の染みはよく見てごらん。葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」が描いてあるんだよ(笑)。
 それに対して、他のキャラクターの部屋は太陽の光を浴びているように金色や琥珀色にした。赤は命や愛を意味する。映画館への入り口も赤だし、血も赤いし、愛を知ったイライザが着る服も赤だ。そして、セリフにもあるように「グリーンは未来だ」。半魚人の体も、ジャイルズが好きなライム・ケーキも、ストリックランドの乗るキャデラックも研究室もグリーンだ。
 イライザのアパートの半月型の窓は、マイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーのバレエ映画『赤い靴』(47年)からの引用で、クライマックスのダンスはもちろんフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのミュージカル映画へのオマージュだ。色彩設計はジャック・ドゥミの『シェルブールの雨傘』(64年)。そのほかスタンリー・ドーネン、ウィリアム・ワイラー、ダグラス・サークなどから影響を受けてるよ。

●セックスは自然だ

 ヒロインと半魚人のセックスを獣姦だという人もいるけど、この半魚人は実在の動物じゃない。アマゾンの神なんだ。セックスが好色で下卑た態度で描かれていたら問題だけれど、この映画ではごく自然なこととして描いている。僕はあらゆる種類のセックスは許されると思っている。大人同士で、同意と愛があれば。この映画では不自然で抑圧的な冷戦体制に反抗するものとしてセックスが描かれている。何をもって猥褻とするかは、社会や時代や観る人次第だ。ヴィクトリア朝時代のイギリスではひざに触ることはインドの性典カーマ・スートラよりも猥褻と思われていたからね。

●モンスターは迫害される救世主

 僕は『美女と野獣』が好きじゃないんだ。「人は外見じゃない」というテーマなのに、なんでヒロインは美しい処女なんだ? なんで野獣はハンサムな王子様になるんだ? だから『シェイプ・オブ・ウォーター』のヒロインをモデルみたいな美女にしたくなかったし、映画の冒頭でヒロインにオナニーさせた。恋人のいない中年女性の日常としては自然なことだろ?
 それに半魚人、正確には両棲人間だけど、キスでハンサムな王子様に変身させなかった。彼は野獣のままで猫を食うんだ。モンスターだからいいんだよ。
 僕がモンスターに魅了されたのは、メキシコでカトリックとして育ったからかもしれない。教会には、布教のために迫害され殺された宣教師たちの聖人像があるんだけど、拷問されて血みどろだったりするんだ。子供のころの地元の教会にあったキリスト像も膝から骨が突き出して、紫や緑色に塗られていた。だから聖体拝受のとき、「これはイエス様の肉です」って聖餅を配られても「いえ、お腹いっぱいです」って断ってたよ(笑)。
 だから『フランケンシュタイン』(31年)を観たときも、村人たちに殺される人造人間が、僕には迫害される救世主に思えた。モンスターたちは「普通であること」に殺される殉教者なんだ。
 53歳になった今でも、僕には何が「普通」かわからない。「普通」は恐ろしいと思う。だって完璧に「普通」な人なんていないんだから。モンスターは完璧さに迫害された聖人なんだ。人間は皆、グレーゾーンにいるのに、白か黒かはっきりしろと迫られるのは恐怖だ。その点、モンスターは寛大だ。
 モンスターは……嘘をつかない。ゴジラは「皆さんの家は壊しませんから安心してください」と嘘つきながら街を破壊しないだろ(笑)。怪物はあるがままだ。真実なんだ。
 僕はかつて怪獣ファンだったけど、もうファンじゃない。僕はモンスターの侍者で、伝道師だ。

●解説 社会の底で、現実よりも夢を見て生きている人たちへの賛歌

 米ソ冷戦中の1962年、首都ワシントンに近いボルチモア。日が沈むと四十路の独身女性イライザ(サリー・ホーキンス)はベッドから出て、出勤の準備をする。日課のオナニーでイってから。
 イライザの仕事は政府の研究所の掃除。イライザの他の清掃員は黒人やラテン系。当時、南部の黒人は人種隔離され、選挙権も人種間結婚も許されていなかった時代。イライザには声が出せない障害がある。彼女のような障害者は、当時こういう職場しかなかった。彼らは社会の底で、声を奪われた人々だ。
 ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』は、マイノリティたちの物語だ。イライザの隣人、ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)は広告のイラストレーターだが、やはり独身の老人。実はゲイ。当時、同性愛は決して公言できなかった。
 イライザとジャイルズはテレビで50年代のロマンチックなハリウッド・ミュージカルを観るのが大好き。2人とも現実よりも夢を見て生きている。
 だが現実は冷戦時代。イライザが掃除する研究所では、ソ連に勝つための極秘の研究が行われていた。両棲人間の研究だ。『両棲人間』(1928年)とはソ連の作家アレクサンドル・ベリャーエフが書いたSF小説のタイトルで、フカのエラを移植されて水陸両用にされた青年の悲恋を描いていた。『シェイプ・オブ・ウォーター』の両棲人間は、アマゾンで捕獲された半魚人だ。演じるはデル・トロの『ヘルボーイ』(2004年)で半魚人エイブを演じたダグ・ジョーンズ。エイブはインテリでおしゃべりだが、こっちでは言葉もしゃべれない野獣。
 その半魚人を政府の役人ストリックランド(マイケル・シャノン)が拷問する。彼は巨大で強く排他的な冷戦体制の象徴だ。マクドナルドの創業者の愛読書『ポジティブ・シンキングの力』を読んで、鏡に向かって「俺は勝つ!」と暗示をかける白人男性マッチョイズムの塊(ちなみに『ポジティブ・シンキングの力』はドナルド・トランプの愛読書でもある)。デル・トロは『デビルズ・バックボーン』や『パンズ・ラビリンス』でもフランコ将軍独裁下のスペインでのファシストを描いていたが、この映画のマイケル・シャノンはゾッド将軍以上の怪物で、グロいバイオレンスのやりすぎで爆笑させられる。
 半魚人と恋に落ちたイライザは彼を救い出そうとする。イライザはアンデルセンの『人魚姫』のようにしゃべれないが、人魚姫と違って仲間たちがいる。
 イライザがカッパ顔なのには理由があるが、前作『クリムゾン・ピーク』(2015年)みたいに美男美女をキャスティングしてたら普通に大ヒットしそうな素材だ。でも、デル・トロは自腹を切って、写真には写らない美しさがある者たちへの賛歌を作ったのだ。

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