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こんにちは、こんばんは、おはようございます。

おかげさまで、初回の記事に興味深いリアクションを数々いただき、フムフムとか、ニヤニヤとか、グルグルとか、オノマトペが止まりません(笑
改めてお読みいただき、ありがとうございます。

連続性

ちょっとフワフワした思いの中でご利用者さんのところに訪問に行きましたが、やはり愉快で興味深い話の連続なのです。

どれも皆さんにお伝えしたくなることばかりなんですが、とりあえず、前回の記事とシンクロしたお話をご紹介します。

その方は、とても博学で、いつも文学、哲学、ジャーナリズム、メディア等々、幅広く教えてくれる人です。

また、とても皮肉屋で質問や返しをすると、想像もしえない角度からのレスポンスが来るので思わずワクワクしながらの面談になります。

今日は、どんな話になるのかなーって思っていたところ、ご自身が手掛けられた映像作品の話からとある文豪たちの話へと展開しました。

まず、話は、某小説家を追ったその映画を権威のあるところから献上してほしいという話になった際に、「いやいや、買ってくださいよ」って断ったところから始まりました。

ニヒリズム ~虚無主義~

続けて、僕のことをニヤリと見ながらこう言いました。

文豪は、文化勲章を断るんだよ。大江健三郎も川端康成もそう。そりゃ、格上のノーベル賞取ってるしね。でも、他の小説家も断ってるし、たぶん、彼(映画の主人公)も断るだろうからね。
なんでかと言うとね、まあ、権威に抗うんだろうね。
でね、小説家の○○は、こう言って断ったんだよ。

「自分は、戦争で捕虜になって帰ってきた人間だから文化勲章なんていただける存在じゃない」

これは、もちろん体よく断るためについた皮肉だって話なんだけど、それを聴いた大西巨人が「俗情との結託」だって言って批判したんだよーー!

シンクロニシティ ~共時性は、

半分はてな??って思いつつ、「へーー。そんなこと言うんですねー。おもしろい。」とオーバーリアクション且つなんとも軽い応答をしたんですが、心の中では「俗情?おっ!また俗が出てきた!」とゾクゾクしちゃったわけです。

なので、話の腰を折らないように受け答えをしつつ、タイミングを見計らって伺いました。

「すいません。俗情との結託ってどういうことなんですかね?」

さんざん前のめりで返答しといて、その質問かい!って感じですが、丁寧に教えてくれました(笑

ようは、皮肉でも軍国主義の頃の通説にかけて話をすること自体が俗世間とつながっていることであーるってことらしい。

ん?、また、「神聖」と「俗物」になりましたね。

でも、この場合、「神聖」な(だった?)「通説」を語ること自体が「俗世間」とつながったことになるとしたら、「神聖」なものを「俗物」と捉えてるっていこと?

いや、「神聖」なことを語るのは「俗世間」からの目で捉えてるってことか?

そうなると、「神聖なものの隣には俗物がある」っていうのは、「隣は下界」みたいなことか。

そこで気がつきました。。。

よく考えたら「俗物」でも「俗世界」でもなく「俗情」ってか。

「俗情」ってなによ。

ぞく‐じょう【俗情】‥ジヤウ
①世俗のありさま。また、世俗の人情。「―に疎うとい」
②名利を思う情。俗念。
③情欲。
《広辞苑より引用》

だそうで。

では、「神聖な話を利用するのは、やらしさを感じる」って感じですかね。

皆さん、すいませんが、急に僕が「俗物」やら「神聖」やら言い出したらおつきあいくださいね。

では、また。

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