虹色のディストピア

まえがき

本作品は、昨今世界を席巻している「ポリティカルコレクトネス疲れ」をテーマとしています。LGBT当事者(ゲイ)である主人公が、周囲の人々の「悪気のない親切心」や「正義心」に翻弄され、社会的弱者として扱われることに抵抗感を抱きつつも、それを受け入れざるを得ない世の中となっていく過程を描きました。しかしその中でも希望を失わない主人公や主人公のゲイ仲間たちの描写のリアリティにもこだわりました。初の小説作品ということで拙い表現もあるかと思いますが、ぜひ最後までお楽しみください。


第1章

辞令 宣伝部 マーケティング課 本多直人殿

本年10月1日をもって、宣伝部 課長の職を命ずる

シグマ精密機器株式会社 代表取締役社長 鈴木昭久


「どうもありがとうございます。身に余る大役、大変光栄に思っています」
「これからは一メンバーではなく、教育やマネジメントといった視点もしっかり持ってね。慣れないこともあるかもしれないけど、頑張って!」

人事部長の太田さんの言葉が嬉しくも、重厚感のある言葉に感じる。先々週に内示は受けていたが、心配性の僕はやはり人違いだったとか、気分が変わったとかで取り消しになるのではないかと気が気ではなかった。しかし、本当に来月から昇進なのだ。ようやく実感が沸いてきた。人事部の会議室を出る僕はいつになく晴れやかな気持ちだ。

宣伝部のデスクに戻り、今日やるべき業務をこなす。僕が担当する腕時計の宣伝やマーケティングの仕事はアパレル業界のプレスに通じるものがある。販促用のホームページやWEB上の広告もデザインが命だ。ちょうど夏に新作の発表があり、現在はその反響も落ち着き少し気を休められるタイミングだ。


「お先です」
今夜は大事な約束がある。

「先輩、今日は早いですね!あれ、金曜の夜だしデートですか~?」
3歳年下の後輩、高橋はいつもこんな調子だ。

「そんなわけないでしょう。今夜は大事な友達と食事なんだよ」

「先輩友達多いですもんね。楽しい週末を!本多『課長』」

「やめろって(笑)」
後輩を注意しつつも、思わず顔から笑みがこぼれてしまうのが隠しきれなかった。

「次は、新宿三丁目に止まります」

地下鉄に乗って友人たちの待つ居酒屋に急ぐ。店に入ると奥の席に2人の姿が見えた。

「ナオト。こっちこっち!」
ヒロが手を上げて僕を呼んでいる。

「ごめん。待った?」
「いや、全然。俺らも今来たところだから。」
ユウキはそう言うとすぐに店員を呼んだ。

「みんなビールで良いよね?ビール3つで!あと…枝豆と、唐揚げ、もつ煮込み…とりあえず以上で」

手際よく注文をまとめるユウキは僕とヒロの2歳下ということもあり、特に意識するわけでもなく自然とこうした役回りをしてくれる。

間もなくするとキンキンに冷えたビールが3つ運ばれて来た。

「それじゃあ、ナオトの昇進を祝して…カンパーイ!」

今日は大事な友達2人が僕の昇進を祝って集まってくれた。

「ナオト、本当におめでとう。俺らももうそんな年齢だよね」
ヒロがしみじみしたように言う。

ヒロとは大学の同級生で、18歳のときからの友人だ。今年で16年もの付き合いになる。僕は今の会社で腕時計の宣伝部門に行く前は医療機器の部門で営業をやっていた。ヒロは大学卒業後、製薬会社に勤務してMRの仕事に就いた。互いになんとなく業界も通じるところがあり、友人関係がずっと続いている。

僕が憧れていた宣伝部に異動になったのは28歳の時。そして、ヒロが希望していた人事部に異動になったのもちょうど28歳の時。20代の頃は互いに仕事や恋愛の相談をしたり、ハメを外したりしてきた親友だ。

ユウキが言う。
「ナオト、これで彼氏がいたら完璧なのにね」
彼氏。そう。僕ら3人は男性同性愛者、つまりゲイなのだ。

「うるさいなー。俺だっていろいろ頑張ってるんだよ(笑)」
「で、その辺り最近どうなんだよ」
「え?全然だよ。何かあったら2人にすぐ報告してるって」
「だよねー!」
「ともあれ、今日はおめでたい日だ!」

信頼できる友達、安定した生活、順調な仕事-。ささやかながらにも充実した、かけがえのない毎日だ。



第2章

パチン

誰もいない部屋の電気をつける。季節はもう初冬。11月も下旬に差し掛かってきた。惰性で暖房のスイッチを入れ、テレビをつけ、部屋着に着替え、週末に作り置きしておいたカレーをレンジにかける。

テレビはいつもBGM代わりだ。特段見ている番組もない。22時以降は各チャンネルともニュース番組が中心だ。

“次のニュースです。LGBT人権法の創設を求め、当事者団体が議員会館を訪れ意見書を提出しました。早期実現を求める野党に対し、与党は慎重な姿勢を取っています。”

ニュースから不意に聞こえてきたアナウンサーの声に、少し手元のスマホの操作を止めた。

「人権…ねぇ…。」

ため息混じりの独り言。

LGBTの人権?正直僕はピンと来ない。LGBTはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を取った性的少数者の総称だ。つまり、僕もこれに含まれる。

このニュースに出てきた意見書を提出した「当事者団体」によると、僕らは就職も困難で、貧困に陥り、日常生活もままならなく、差別や弾圧を受けているらしい。正直どこの国の話しだろう。少なくとも僕は彼らの言う「LGBT」には含まれていない。それはきっと、いつもつるんでいる、ヒロやユウキのようなどこにでもいるゲイたちも一緒の感覚だろう。

僕はテレビを消して、音楽をかけた。



第3章

“ヒロ、悪い!レジャーシート足りないかも”

僕はヒロにLINEを送る。

“OK!今夜中にドンキで買っておくよ”

明日はゲイばかりでお花見。だいぶ大所帯の集まりに僕とヒロとユウキの3人で参加する。翌朝、原宿駅にて3人で待ち合わせて、代々木公園の会場に向かった。

「今日はイケメンいるかな?」
「40人くらい集まるんでしょう?いるでしょう!」
「でもイケメンは競争率が高くて大変かも(笑)」
「お前2番手とか3番手みたいなの狙うの上手いもんな」

そんな、いつものような彼氏ナシ3人組の会話をしていると間もなく会場に到着した。

「失礼しまーす」

そう言ってグループに入って行くと、早速ビールを飲み始める。

「初めまして」
「初めまして」
「何て呼べば良いですか?」
「俺はナオトって言います。そちらは?」
「俺は…」
「どちらにお住まいなんですか?」
「ウチは吉祥寺で、そちらは?」

そんな無難な会話を何人もとしていると、すぐにほろ酔いになり始め、誰も桜なんか見ていない状態になる。

ふと目をやると、誰かが持ってきていた新聞紙の見出しが目に入った。

”LGBT人権法案 議論大詰め”

僕は少し前に抱いた違和感を再び思い出した。

「ま、悠々自適にやっている俺らには関係ないことだしいいか。救われたい人が救われるなら悪い話ではないんだし」

僕はそう自分に言い聞かせ、宴を楽しむことにした。



第4章

「SIGMA EXCELLENTのプロモーションサイトのアクセス数とコンバージョン数、順調ですね。ECサイトでの売り上げも増加しています。夏に向けたモデルチェンジへの期待感も高いみたいです。本多課長が決めたアドネットワークの変更とサイトのリニューアル、奏功しました!さすがの決断力です」

後輩の高橋はいつも仕事が早い。お調子者の3枚目キャラだが、やるときはやる信頼できる後輩だ。

「高橋君、いつもありがとう。EXCELLENTは利益率も高い高付加価値ブランドだし、うちの主力商品だね。主要顧客の40代から50代は商品購入の際、未だにスマホよりもPCでサイトを閲覧しているデータも出ているから、サイトのデザインもデータ量に配慮した最近のスマホを前提としたサイトよりも、デザインで重厚感のある印象を与えないとね。
それよりこの資料、作るのに昨日けっこう遅くまでかかったんじゃない?」

「大丈夫ですよ!僕も所帯持ちになったし、今まで以上に頑張らないとですよ」

高橋には最近、第一子が誕生した。守るべきものができると人間は随分強くなる。

「お子さんできたばかりなんだから、しばらくは早く帰ってあげてね。奥さんも大変だろうし。俺も自分でできることはするから」
「本多課長、偉くなっても優しいから大好きです」
「こらこら(笑)」

実は高橋には僕がゲイであることは話している。他にも、いつまでも結婚をしないどころか、彼女がいる様子もない僕は、なんとなく会社では勘付かれているみたいだ。しかし、当然のことだが業務遂行にセクシュアリティなど無関係だ。誰もそれを理由に不当な扱いなどしない。会社など、真面目に仕事さえしてくれればその人間が男が好きだろうが女が好きだろうが関係ないことだろう。

高橋は時々ゲイネタを臭わせてこうして少し僕をいじって来るが、なんとなく場が和やかになるので僕も大して気にならない。

そんな最中、デスクの内線が鳴った。

「お疲れ様です、宣伝部の本多です」
「やあ本多君。私だ」

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虹色のディストピア

英司

180円

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英司

コメント2件

善意による上から目線が引き起こす悲劇について、非常に共感できる小説で面白かったです。リアルに溢れる「コンサルの伊藤さん」にはせめて「ビジネスのために、LGBTブームを利用したい」と明言して欲しいですね。少数派に対する「あなたのためにも」などという押し付け感情は良識のある少数派を殺します。
あお さま

こんにちは。お返事が遅れて申し訳ありません。作者です。
この度はお読みいただき、感想までいただきまして、誠にありがとうございます。本作品は当事者として昨今の風潮に対する危機感を持って書いた作品でした。こちらを書いた当時よりも活動家の先鋭化は随分進みました。本当にこんなことにならないよう願いたいところです。
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