小説 ハリウッド俳優とプロレスラー

典子
21歳 或る春の日
部屋で1人ゴロゴロしていたら
携帯が鳴った。
麻由さんからだ。
出たくないなぁ、と思いながらも
「はーい」と明るく電話に出る。
「典ちゃん。もう私、死にたい」
麻由さんの沈んだ声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
私はベッドに寝転んで尋ねた。
「レニが亡くなったの」
レニー・モーリス。
洋画好きしか知らないハリウッド俳優。
名前は知らないけれど顔は知っている、 
と言われる名脇役だ。
レニが亡くなったのか。
あんまり沈んだ声だから、彼氏か家族が亡くなったのかと思った。
最近、ハリウッドスターや海外ミュージシャンの
訃報が続いている。
私は携帯を枕の横に置き、
仰向けから腹ばいになりながら雑誌をめくった。
「レニの作品、もう見れないんだよね。 
 人生のどん底にいた時、レニの笑顔に
 救われたけど、これからは誰も救ってくれない」
麻由さんの語りは続いていた。
麻由さんは30歳。
小学校の事務員をしている。
あるハリウッド俳優が来日した時の
イベントで知り合った。
このモデル、絶対整形したわぁ。
前の方が良かったのに。
私は雑誌のページをめくりながら思った。
「もう光がない。真っ暗な世界なの。
レニに会いたい」
真っ暗な声で麻由さんの話は続いていた。
そして、はぁー、と長い暗い重いため息が
聞こえた。
「私、もうどうしていいのかわからない。
レニがいない世界で生きてる意味ある?」
腹這いから再度仰向けになった瞬間、
私は息を呑んだ。
ゴキブリ?いやだ!と思ったら小さな蜘蛛だった。
蜘蛛ならいいわ。
「レニー!」携帯から麻由さんの嗚咽が聞こえる。
ずいぶん長い電話だなぁ、と思って携帯の画面を
見たら20分経過していた。
麻由さんは一方的に話し続けている。
相槌を打つ隙もない。
これだったら私に電話しなくても、
壁に向かって1人で喋っていれば
いいんじゃないかな?と非情な考えが
浮かぶ。
仰向けの状態で腰を上げる。
お腹引き締め体操だ。
1回、2回、3回と。
「レニを失った悲しみを誰もわかってくれない」
話は続く。
そう言えば麻由さんと同じくレニーの
大ファンで、彼と話すために英語を勉強して
英検一級に合格、TOEIC900点を取得した後に、
レニーを迎えに行く為に某航空会社の
女性パイロットになった小林美鈴さんは
どうしたのだろう?
彼女もレニーの訃報を知っているのかな?
麻由さんと美鈴さんはレニーファンとして繋がっていたはずだけど、
美鈴さんのレニへの愛は偽物、と麻由さんは
美鈴さんを嫌っていたなぁ。
お腹引き締め体操が限界を迎えた。
携帯画面を見たら30分経過。
私は麻由さんのレニーを失った悲しみを
30分聞いていることになる。
私って酷いよね。
ふと思った。
レニー・モーリスはハリウッド俳優。
麻由さんの友達でも家族でも彼氏でもない。
でも麻由さんはレニーが大好きだった。
そのレニーが亡くなって悲しみに打ちひしがれている麻由さんに対して、
なんてことをしてるんだろう?
せめて話を聞こう。
私は枕の横に置いた携帯を耳に当て、
ベッドの上に正座をした。
なんて声をかけたら良いかなぁ?
死因を聞くのはマズイし。
なんか無難な話題ないかな?
「最近、有名人の訃報が続きますよね」と
私は久々に声を発した。
「何言ってんのよ!」
麻由さんの金切り声がした。
えっ?私、マズいこと言った?
「レニはこの世でただ1人なの!
訃報が続くなんて、一緒くたにしないで!」
ツーツー。
電話が切れた。
私の部屋に静寂が戻った。
典子
31歳 或る秋の日。
川村ハーリスが亡くなった。
ロシア人の母親を持つ
インディーのプロレスラーだ。
享年40歳。
他の競技では違うだろうけど、
40歳で現役のプロレスラーはゴロゴロいる。
急死としか発表がないけれど深追いはしない。
川村ハーリスの試合を見ると、
悩みよ来い!とテンションが高くなることもあれば、まぁ気楽に行こう、と何故か気持ちが楽になることもあった。彼に励まされ、癒される生活は
5年くらい続いた。
不遇の時代も長かったけれど見事に這い上がり、
インディーながらも様々な興行に呼ばれていた
ハーリス。
試合終了後に見せる戯けた可愛い笑顔が
大好きだった。
でも、もう見れない。
たくさんの人がハーリスを追悼しているのを見るたびに、色々あったけれど、愛されてたんだなぁ、と思って安心した。
私は麻由さんを思い出した。
ハリウッド俳優の死を悼んで泣きに泣いた彼女とは、あの日で縁が切れた。
私も麻由さんのように誰かに電話をして
「ハーリスが死んじゃった」と泣くだろうか?
それは絶対しない。何故?
と聞かれても答えられないけれど。
生きたハーリスを見たい。
でも、それはもう叶わない。
受け入れるしかない。
麻由さんがレニーを愛したほど、
私はハーリスを愛してはいなかったのか?
それも仕方ない。
当時の麻由さんの年齢を超えた私は思う。
麻由さん。あの時、本当は何を言いたかったの?
本当にレニーが亡くなったことだけが
悲しかったの?
何があったの?
一緒に悲しむことが出来なくてごめんなさい。
レニー・モーリス 
川村ハーリス
みんな安らかに
(終わり)

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