小説 彼女達の理由

「美穂はもっと楽しそうな顔しないと」
へっ?美穂は驚いた。
楽しそうな顔?何が?
ポカンとしていた美穂に向かって,父親の誠が
再び言った。
「つまんなそうな顔じゃなくて、もっと楽しそうな顔をしないと」
私の顔ってつまらなそう?
美穂は自室のベッドに腰掛けて鏡を見た。
彼女は17歳。市内の公立高校2年生だ。
何もかもが普通の中の普通だと思っていた。
私ってつまらなそうな顔してるの?
突然、父から言われた言葉に美穂は戸惑っていた。

「何が違うんですか?って、逆にどこが同じだと
思ってたの?」
会場が笑いに包まれる。
やっぱりトロントンは面白いなぁ、美穂はリビングのソファーに座り、テレビで大好きな漫才コンビの
ネタを見ていた。
「美穂の笑い方って面白い」
姉の果穂が笑いながら言った。
「含み笑いはやめなさいよ。笑う時は声出して」
母の奈美子も続いた。
え?私の笑い方って変?
ずっとこうだったような気がする。
自分の笑い方なんて気にしたことない。
でも、なんで急に?
美穂は混乱した。テレビの向こうのトロントンの
ネタが頭に入らなかった。
私はどうしたらいいの?
お父さんもお母さんもお姉ちゃんも
急にどうしたの?
学校で同じグループの友達に聞こうかな?
私の顔ってつまんなそう?笑い方変?
でも、それを聞いて「実は前から
そう思っていたの」なんて返ってきたら
どうしよう?
「そんなことないよ」って言われなかったら。
その晩、美穂はなかなか眠れなかった。
楽しそうにしなきゃ。
声出して笑わなきゃ。
楽しそうにしなきゃ。
声出し笑わなきゃ。
数ヶ月後、美穂の顔には常に笑みが
張り付くようになっていた。
「美穂、何が楽しいの?」
両親と姉の冷たい問いかけが引き金を引いた。
10月7日 
美穂は学校近くのビルから飛び降りた。
享年17歳。

「あのビル、ついに取り壊されるんだね。
遺書が無くて、理由がわからない
女の人達の自殺が続いたからね。
香織、何あったら私に言ってね。
私は香織の味方だから」
電話の相手は一方的に喋ると
電話を切った。
香織は切れた電話を見つめた。
私の味方。それが嫌だ。
私の味方でいると言うあなたの存在が
一番のストレスなの。
急がなきゃ。
香織は理由不明の自殺者が相次いだ
あのビルへ向かった。
取り壊される前に終わらせなきゃ。
理由不明?
あんなに人を傷つけておきながら、
理由がわからないなんて真顔で言うのね。
そんな人達に理由なんて言っても、
わからないでしょ。
言ってわかる人は、初めからこんなに
人を傷つけたりしない。
香織にはわかる。
彼女達が命を絶った理由が。

3月25日
香織は彼女達が自らの人生を終わらせたビルから
飛び降りた。
享年33歳
(終わり)

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