小説 80%の人生

「6時に時計台ね」と約束して
私は電話を切った。
今日は研修センターで研修だった。
いつもより早く帰る事ができる為、
学生時代の友人の冴子と飲みに行く
約束をしたのだ。
約束の時間まで2時間ほどあるので、
街を散策することにした。
当てもなく歩いていると、
1人の高齢女性が路上にシートを敷き、
簡易型の椅子を用意している。
どうやら路上の占い師のようだ。
占ってもらおう。
普段はさほど占いに興味はないけれど、
何故か占って欲しかった。

「あんた、なかなか強運の持ち主だよ。
強運が普通だから気づかないだろうけどさ」
私の手相を見ながら占い師は言った
彼女は口は悪いが、なかなか楽しい人だった。
陽気に笑いながら私の性格をズバリ言い当てた。
占い師として人気者のようで、私の後ろには
順番待ちの長い列ができていた。
「ね!大丈夫よ。あんたは守られてるんだから。
じゃあ3,000円ね」占いは終わった。
代金を支払って帰ろうとした時だった。
これきりね、と彼女は言った。
えっ?私は聞き返した。
「占いはこれきりにしなさい。
あんた、もう占いをしてもらったらダメだよ」
さっきまでの陽気な笑顔は消えて、
恐ろしいほど冷たい表情になった彼女が
私を見つめていた。

馬鹿らしい。 
私が守られているはずがない。
仕事も恋愛もどん詰まり状態。
私がラッキー?嘘でしょ。
みんなに同じこと言っているに違いない、と
私は思った。
冴子との待ち合わせ時間はまだ先だ。
もう少しウロウロしようと思った時だった。
私はまた路上占い師を見つけた。
歳は40歳ぐらいの女性。
さっきの占い師とは違い、誰も客はいない。
背筋を伸ばし、通行人を見つめていた。
「すいません。お願いします」
気がついたら、私は占いを依頼していた。
何かに吸い寄せられるように。
「あなたは運がいいですね」と占い師は言った。
またか、と私はうんざりした。
「でも、いつも80%止まりなんですよね。
そうじゃないですか?」と続いた。
「そうなんです。いつも、あとちょっとで
つまづくんです」
私は嬉しかった。
これよ、これ。
私はラッキーなんかじゃない。
私は可哀想な女なの。
「あなたには江戸時代に非業の死を遂げた
先祖の霊がついています。
冤罪で火破りの刑に処せられたんですよ。
あなたが80%止まりなのは、その霊のせいです」
えっ?
これはカルト?
私はそこまで求めていない。
「3万円でお祓いすれば霊はいなくなりますよ。
あなたの人生は100%になります」
「それは結構です」
私は急いで占い代金を払うと、その場を後にした。
「すいません」
占い師から10mほど歩いた所で、呼び止められた。
振り向くと少し地味な見た目の中年女性が
立っていた。
「今、あの占い師に占ってもらってましたよね」
女は言った。
私は身構えた。
「あの占い師、先祖の霊とか
言ってませんでした?」と女は続けた。
私は思わず「言ってました。あなたには江戸時代の
先祖の霊がついてるって」と言った。
女は微笑んだ。そして
「3万円でお祓いする話はしましたか?」と聞いた。
私は頷いた。
「そんなこと出来るわけないですよね。
気をつけて下さい。あの占い師は悩める女性に
そんな事言って脅して、お祓いのお金をふんだくってるんです。彼女は占いの知識なんてありません。
もし悩みがあるならちゃんとしたカウンセラーに
相談した方がいいですよ。
何かあったら、ここに連絡して下さい。
占い師より頼りになりますから」
そう言って女は名刺を渡すと去って行った。
カウンセラー 佐々木美香
名刺にはそう書かれていた。
「待ち時間なしでチー婆に占ってもらえたんだ。
ラッキーだね」
落ち合った居酒屋で目を輝かせて冴子が言った。
私が最初に会った占い師は、
チー婆という愛称のかなり有名な占い師だと
冴子は教えてくれた。
元は千葉にある定食屋の店員さんで、
暇な時にお客さん相手に無料で占いをしていた。
それがあまりにもよく当たるので、
東京に来て占いをするようになったのだと言う。
「千葉から来たお婆さんだからチー婆なんだよね」
真剣に話す冴子を見て、思わず笑ってしまった。
私は2人目の占い師の事は,すっかり忘れていた。

数日後。
やっぱり私はついていない。
今日も嫌な事ばかり。
冤罪で火破りになった先祖の霊が本当に
取り憑いているのかも知れない。
ふと、私はあのカウンセラーの女性を思い出した。
あの人なら大丈夫かも。
私は財布に入れたままの名刺を取り出した。

「よくいらっしゃいました」
穏やかな笑みを湛えて、佐々木美香は私を
迎え入れた。
都心のマンションの一室。
私は占い師ではなく、しっかりとしたカウンセラーに頼ることにした。
カウンセラーである佐々木美香なら、
私を救ってくれるだろう。
美香は路上で声を掛けてきた時より
華やかになっている。
彼女は突き当たりの部屋のドアをノックし、
「お見えになりました」と声を掛けた。
え?佐々木さんがカウンセリングしてくれるん
じゃないの?私は戸惑った。
美香に促されて部屋に入ると,私に背を向けて窓の外を見ている女性が立っていた。
傍には1人の体格のいい男性が無表情で座っている。
ガチャ。
ドアを閉める音と同時に女が振り返る。
「ようこそ」
満面の笑みを浮かべていたのは、
あの2人目の占い師だった。
3万円でお祓いをします、と言った占い師。
私は全てを理解した。
「もう占いをしてもらったらダメだよ」
チー婆の声が脳内再生された。
(終わり)



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