小説 君はエティエンヌ

「あれは冗談だったんです」
 某宗教団体の会議室で
 福田はうつ向いて言った。
「こういう事を中途半端に語ったら
 困るんですよ。現場からクレームが 
 あったよ」 
 責任者の梶は大きな溜息をついた。
 福田はある既存宗教の宗教家だ。
 世間が持つ宗教の怪しいイメージを
 払拭したい。
 そして宗教団体も、派閥闘争なんてしてないで
 もっと人を救う事に注力すべきだという
 考えを持っていた。
 普通に宗教を語っても誰も振り向かない。
 そこで彼が編み出したのが、
 極悪宗教家というスタイルだ。
「俺って、普通の宗教家と違って 
 悪いんだよね。だって、良い事
 しても誰も救えないじゃん。
 みんなが救われるならテロだってするよ」
 という発言は、一部メディアに
 取り上げられたが、世間の反応は失笑か
 無視だった。
 それでも、自称きれいごと抜きの過激な
 発言は一部の人間から指示を得た。
 彼は極悪布教と題したトークライブを行い、
「旧態依然の宗教を終わらせよう」
 と叫び、ライブ終了後にはクッキーの空き缶を
 持って出口に立ち、宗教施設の修繕費の
 寄付を呼び掛けていた。
 福田のような存在を宗教側は
 全くなんとも思っていなかったが、
 福田は「俺は宗教団体の偉い人達に嫌われてる。
 でも、みんながいるから負けないよ。
 信仰貫くよ」と宣言し、最近はこの言葉に
 メロディーをつけて、MAKENAIという歌にした。
 その歌のお披露目ライブで、
「DV被害にあったら迷わずシェルターに
 駆け込め!よりお得に保護してもらう方法を
 俺が教えてやる」と話し出したのだ。
 その内容は極めて大雑把で、
 まともに支援をしている人からすれば
 怒りを通り越してギャグだった。
 それだけなら良かったのだが、
 そのライブの参加者がライブの内容を
 ネットに投稿したのだ。
 幸い拡散はされなかったが、
 一部の福祉関係者の目に留まり、
 今度あのような発言は慎むように
 厳重注意を受けた。
 事実確認の為に福田を呼び出したところ、
 以前ライブでシェルターネタを披露したら
 思いの外ウケたので今回も披露した。
 そして冒頭の「あれは冗談だったんです」と
 という発言だった。
「福田君だっけ。君の信念は素晴らしい。
 でも、やり方間違ってるよね。
 君は僕たちの事を散々、古い人間
 呼ばわりしてるけど、君も充分古いよ。
 俺は悪い系は流行らない。
 そもそも君の実家は裕福でしょ。
 小学校から有名私立校だし。
 君は極悪じゃない。極悪ごっこなんだよね。
 本当に極悪な人が見たら笑っちゃうよ」と
 本部長の大金はニコニコと語った。
「申し訳ございませんでした」 
 福田は頭を下げた。
「いや、極悪でしょう。
 笑いをとる為にDVシェルターネタを披露
 しときながら、注意をされたら
 冗談でした、なんて言うのは。
 日本の宗教を変える為に注目を
 浴びる必要があった、はもう聞き飽きた。
 私達を揶揄するのは許せる。
 でも、今回のDVシェルターネタは許されない。
 命懸けで助けを求める人をなんだと
 思ってるんだ!
 お客さんはウケたんじゃなくて、
 君のことを軽蔑して笑ったんだよ。
 笑われてるだけ」
 主任の並木が憎々しげに言った。
「福田君さ。臨床心理士って知ってる?
 あの資格を取ってみたら?時間とお金はかかる
 けど、本格的なカウンセリングが出来るように
 なって人を救えるよ」と梶が提案をした。
「それはちょっと・・・」と福田が言い淀む。
「資格を取るなんて旧態依然かな?
 君の人を救いたいという気持ちは理解した。
 同時に君に人を救う能力が無い事も理解した。
 私と梶さんと並木さんは、長い時間と
 結構なお金を掛けて臨床心理士の資格を
 取った。心理カウンセラーの資格なら
 もっと安くて短期間で取れるものもあるし、
 それを否定はしない。 
 でも宗教家として人の生死に関わるかもしれない
 相談にのる為には、
 それ相応の勉強が必要だった。
 君が生ける旧態依然ババアと呼んでいた
 渡瀬さんは、去年看護師の国家試験に合格した。
 困っている人を救いたいから、という理由でね。
 福田君。君は何をした?
 バカ、ババア、ジジイ、時代遅れ、
 俺が世界を変えてやる!を叫ぶ事以外で。
 君が散々バカにしていた人達だけど、
 実は君より努力してたんだよ。
 福田君の志は間違っていない。
 でも,このままでは君はカルト宗教とか
 マルチ商法の格好の餌食になるよ。
 社会を知らな過ぎるのに、その自覚がない。
 13世紀のフランスで起きた
 少年十字軍を知ってるよね。
 聖地奪還を目指したエティエンヌ少年と
 彼について行った少年少女達は結局、
 奴隷として売られていった。
 聖地奪還どころじゃない。
 君はエティエンヌで、君のファン達と
 少年十字軍を結成したようなもんだよ。
 まぁ元少年か」
 大金が明るく言った。
 梶と並木がクスリと笑った。
 3人は会議室を出た。
 1人残された福田は長い間、
 項垂れたまま椅子に座り続けた。
 その姿は、己の無知を知らずにいた事の
 罰を受けているようだった。
(終わり)

 
 
  
 


 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?