小説 職場物語 お昼休み

派遣社員で良かった。
不安定で何かと不利な派遣社員だけど、
良かった、と思うこともある。
理由は些細な事ばかりだけど、
ランチミーティングに参加しなくて良い事も
その一つ。
今の派遣先では週に3回のランチミーティングが 
あり、正社員は全員参加。
とは言っても、正式な業務ではない。
社員の高杉さんの提案で始まったようだ。
高杉さんは30歳過ぎ。
そのまま雑誌に出れそうな容姿だ。
仕事はあまりできないけど、
喋りや目立つ事が大好き。
自分が提案したランチミーティングを
社内報に載せるべく、本来の仕事そっちのけで
広報課への掛け合いに忙しい。
「ランチミーティングいつまでやんの?」
「勘弁してほしい」と正社員の人達が
話しているのを聞いてしまった。
ランチミーティングの場所は会議室。
会社近くのカフェ
「SAKURA」でテイクアウトしたサンドイッチを
食べながら行う。
サンドイッチはかなりお洒落で値段が高くて
量が少ない。
高杉さんが午前11時頃にSAKURAに買いに行き、
テーブルセッティングをして、
12時からランチミーティング開始。
ちなみにサンドイッチは高杉さんの独断で
買ってくるので、他の社員に選ぶ権利はない。
あとからサンドイッチ代として毎回1,500円くらい
請求されるとのこと。
高杉さんが提案したランチミーティングであり、
業務でないので経費では落とせない。
ある日の朝礼のことだった。
高杉さんが「明日のランチミーティングから
派遣社員の方にも参加して頂こうと思います。
みんな仲間ですからね」とニコニコと
話し出した。
冗談じゃない!
私は思わず聞いた。
「それって時給出るんですか?」
高杉さんの美しい顔が固まった。
「時給はでない。仕事じゃないから」
代わりに久保部長が答える。
「あのぅ。週に3回お昼休みが無くなるんですか?」
おずおずと尋ねたのは、私と同じく派遣社員の
河野さんだ。
「仲間ですからね。毎回出て頂きます」と
顔が戻った高杉さんが笑いながら言う。
「私、主婦なんでお昼休み中に買い物したり、 色々と家の用事を片付けたいんですけど」と
言った。
高杉さんが再び固まった。
1人暮らしの独身者は既婚者から「家の用事」を
持ち出されると反論できない。
「ランチミーティング辞めません?
お昼は休みましょうよ」
異常に明るい声で話すのは、経理の森田さんだ。
「みんなでお喋りしながら、仕事のことも
話しましょう、ってだけですよ。
いいと思うんですけど」
高杉さんが慌てて反論する。
「やってもいいけど、週一にしませんか?
 お昼はSAKURAじゃなくて、各人が
 用意しましょうよ。毎回1,500円なんて
 高いです。私は自分で買ってきます」と
 三沢さんも参戦。
「でもSAKURA可愛いじゃないですか?!
 ランチミーティングじゃないと、
 なかなか食べられないって言うか」
「別に美味しくないし」
 森田さんも諦めない。
 高杉さんがSAKURAのサンドイッチに
 拘るのは見映えが良いからだろう。
 社内報に載せる写真ならば、
 お洒落なサンドイッチを片手に
 悠然と微笑むキャリアウーマンで
 なければならない。
 カップラーメンの容器や自宅から持ってきた
 ラップに巻いたおにぎりが写真に写ることは
 許されないのだ。
「はい。おしまい。
 あんまり朝礼に時間かけられないからね。
 とりあえず、
 明日からのランチミーティングは中止」
 見かねた久保部長が割って入った。
「ちょっと何言ってんですか?」
 高杉さんの声が裏返る。
「仕方ないよ。こんなに反対されてるんだから。 
 では、今日も1日頑張りましょう」と久保部長が
 宣言した。
「小高ちゃんグッジョブ」
 肩をポンっと叩かれ、振り返ると
 ランチミーティング反対派の三沢さんがいた。
「有難う。小高さんが時給について
 言ってくれたから、私達もランチミーティングに
 反対意見言えたの」と森田さんも続いた。 
「いえ。なんかすいません」私は
 笑って誤魔化した。
 2ヶ月後の契約更新は無かも知れない。
 これを機に正社員の仕事を探そう。
 正社員になった先でランチミーティングが
 あったらどうしよう?
 その時は主張しよう。
 もちろん、どんなものかを確かめた上でだけど。
 お昼休みは奪えない。
(終わり)

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