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『スローシャッター』書評 ー 静かに熱く駆ける無塗装機 ー

ヘッダーの写真は、こちらの記事の画像を使用させていただきました。
ふつくしい情景です。


はじめに

山本英晶といいます。
36歳の、普通のおじさんです。
これから『スローシャッター』という本の書評を書きます。

僕は、この本を発行したひろのぶと株式会社の株主です。
保有する株数は、ほんのちょっとです。
10月の終わりに『全部を賭けない恋がはじまれば』という本で、ひろのぶと株式会社は出版社としていよいよ航行を始めました。
僕は一人の株主として、普通のおじさんの拙い足取り手取りで、その本の書評を書きました。

書評かよくわからないものができあがり頭を抱えましたが、僕の書いたものよりも素晴らしい書評・感想が多くの方からこの本に集まり、勝手に安堵しました。

このたくさんの書評・感想は、稲田万里さんが初めて小説を著し、そしてひろのぶと株式会社が初めて書籍を出版したことへの、一つの祝福だと思いました。
今回の『スローシャッター』も、田所敦嗣さんの初の著書です。
きっとまた書評かよくわからなくなるであろう何かを、一人の株主としてお祝いと願いを込めて、今回も書き始めてみようと思います。


『スローシャッター』書評

 この本の著者は、田所敦嗣さんという一人の男性である。この紹介方法で分かる通り、僕は田所敦嗣さんのことをあまりよく知らない。一つ知っているとちゃんと言えることがあるとすれば、田所敦嗣さんが書いたこのnoteである。

 何度見聞してもおもしろい、というお話にこれまでいくつか出会ったが、このnoteのお話もその一つだ。読んだことないなぁという方は、ひとまずこの書評をパソコンやスマホの横に置くか別のブラウザタブに置くなどして、ぜひご一読いただきたい。
 あとは、

野球をされることや、

釣りをされること、

寡黙にお話をされること(1:11:15あたりからご登場)、いや改めて見返してもほとんどお話されていないな、あとは、

これが笑顔だったりすること、くらいしか、僕は存じ上げない。しかし田所敦嗣さんには、先に紹介したnoteやぶんしょう社の記事ですでに多くのファンがおられる。きっと皆さんが書評や感想の中で田所敦嗣さんのことをもっと詳しく紹介してくださると思うし、それを僕も楽しみにしている。

 さて、この度発行された『スローシャッター』は、田所敦嗣さんがお仕事の海外出張で出会った人やできごとについて記した紀行集だ。僕は困った。ハワイ島とオアフ島という、堂々と海外と言えない海外にしかたどり着いていない人生において、実に縁遠いジャンルだ。ちゃんと楽しめるだろうか。発売日よりも一足先に到着した本を手にとり、表紙を眺める。眺めるだけで、その場所が異国であり、田所敦嗣さんが居た景色なのだなと分かる。あぁ、きれいだな。質感の良い表紙をめくる。そこに並ぶたくさんの写真の彩りが、異国の景色と暮らしを教えてくれる。その写真群から立つ雰囲気を身にまとって「アプーは小屋から世界へ旅をする」という最初の一編を開く。
 「アプーは小屋から世界へ旅をする」は、田所敦嗣さんが出張先で出会ったアプーという少年との交流のお話なのだが、そこにいたるまでの旅程にあった「おもってたんと違う面白さ」についても淡々と語られている。ハワイ島の空港でテロ警戒の厳戒態勢の中いらぬコミュニケーションもなかろうと高を括り何かの列にアホ顔で並んでいた僕にずんずんと真顔で近寄ってきたと思ったら「キャップはツバを後ろにしてかぶりなさい」とめちゃくちゃ丁寧に僕のキャップをそのように正してサムズアップとウインクを決めた空港警備員のおじさんを思い出す。元気にされていますか。あれ一体なんだったんですか。
 そして、田所敦嗣さんはアプーと出会い、二人で世界を旅する。こんなお話をはじめにもってこられて「いやいや、自分はアプーとは違ってもう世界をたくさん知ってますけどね!なんなら田所さんより色々行ってますけどね!!!」と思える日本人が、どれだけいるだろうか。日本ですら知らないことや場所ばかりの僕は、間違いなくアプーと同じだと思ったし、めちゃくちゃワクワクしたし、ここから先は一人のアプーとして田所敦嗣さんの旅のお話を聞くことになると思った。ずるい。
 ちなみにこのお話は、田所敦嗣さんのnoteにも記事として掲載されている。今回の『スローシャッター』は、ひろのぶと株式会社社長の田中泰延ひろのぶさん直々の編集(編集者の廣瀬翼さんもお手伝いに入りつつ)と聞いており、少しだけ見比べてみた。最後の一文の違いに気がついた僕は鳥肌が立った。節約で暖房設置を許されない僕の書斎の室温が14℃とやや寒かったのもあるかもしれない。だが確かに、タイトルの「アプーは小屋から世界へ旅をする」は、その最後の一文の校正によって未来へとたどり着いたと感じた。ちょっと自分でも何を言っているか分からないが真相をぜひ確かめていただきたいし解釈が違っていたらすみません。

 ここから「究極のロック」や「愛しのメイウェイ」といった小咄的な紀行文をはさみつつ、田所敦嗣さんの文章と共に海外出張の旅が続く。どの一編も大きな抑揚を感じさせず、そのことが旅先の空気を素直に感じさせてくれるように思うし、初めにも書いたたくさんの写真群やそれぞれの一節に挿入される柔らかなタッチの地図もまた、紀行集としての醸成に一役も二役も買っている。そして出張という形で田所敦嗣さんのお仕事と共に旅があったからこそ「烟の街」や「注文をきかない料理店」、「フェイの仕事」、「オリジナル」そして「160人の家族」といったお話が生まれ、世界を航空機から広く見るような高い視座から「働くこと」の尊さや苦悩、仕事を通じた人の繋がりの美しさを見ることができる。

 僕は薬剤師として10年ほど医療現場にいる。薬学部在籍時代から、僕のような医師ではない医療者の活躍の場が広がるだろうこともあってもてはやされた「チーム医療」という言葉がある。患者さんのために医療者各々が力を出し合い協力しあい、患者さんを含めた治療方針の決定(共同意思決定、という言葉も最近話題だ)、実施、見直しを行うというチーム医療は、時間をかけて医療現場に定着した、ように見える。
 医療には「どこへ行っても誰がやってもおんなじような医療を受けられて、おんなじような成果がでる」ことが期待される(均てん化、という)。チーム医療も、医療の均てん化のために生まれた、医療者のよりよい働き方ともいえる。確かに、患者さんの病気を治し暮らしを整え直すために様々な職種の力を合わせて頑張れば、患者さんはどこでもハッピーだ。そのチーム医療の効果的な実践には、互いを理解し、それぞれの能力を引き出し引き延ばし、個々の患者さんにちょうどよい塩梅の医療を決め、説明し、提供し、見直すことが不可欠だ。しかしこれらに必要なのは「クリエイティブ」な能力であり、均てん化とは真逆といえる。そして僕を含む医療者は「クリエイティブ」な行動が苦手な者が多い。学生時代から、あるいは幼少期から、あるべき姿への均てん化を求められて成長すれば無理もなかろうと、自己正当化も相まってそう思う(「臨床研究や学会発表、論文執筆はその鍛錬の場だ頑張れ」とおっしゃる立派な先生も多い。確かに研究はcritical appraisalやユニークさ、科学的な考察力、問題解決能力などを鍛えるいい機会だが、研究力とチームの一員として活躍する能力が必ずしも相関しないことは先生方が一番よくご存じでは、なんて言いたくなったりする)。
 良いチームとは、本来は同じ目的を共にする人々の間で、自然発生的に立ち上がるものだ。サッカーだって野球だって、それぞれのカラーはチームの成り立ちやメンバー構成によって異なるし、本当によいチームに必要なのは、自分たちだけのチームの形を協調して作り出し、他の誰もやったことのない、他の誰にもできないその形を、勇気をもって実践しようとするクリエイティブさであって、面子を揃えることではない。そう気がついて近頃は僕なりにやっているつもりだが、それでも常に不足感、劣等感を覚えている。

 このように、ふとしたときにいまの自分の考えや得も言われぬ心残り、これからの自分のありように思い至ることも、旅の醍醐味の一つだ。すっかり忘れていた。ちなみに田所敦嗣さんのお仕事のお話は、ここちよいチームがたくさん出てくる。例えば「オリジナル」というお話のチーズケーキ。その元となるレシピはあってもそれをどのように日本人向けに味を調整するかという手順にはマニュアルなんてないだろう。「現地スタッフを交えての白熱した打ち合わせ」によってのみ、過去になかった、それでいてよいものができる。
 アメリカの行動科学者のハーシィとブランチャードは「リーダーシップとは影響力である」といった。目指す方向へ向かう自分の行動が誰かの行動を変えることになれば、身の回りの環境がよい方向へと変わり、世界がよりよい方向に向かっていく。であるならばリーダーシップは、個々の持つ役割に対し各々が持っていてよいものだし、持っている人はとても素敵だと思う。そういえばハワイ島で僕はおじさんに言われた通りキャップのツバを後ろにかぶって過ごしたので、そういう意味では空港警備のおじさんもリーダーシップがあったと言えるのかもしれない。いや違うかもしれない。
 そして僕は「敬意」もまた、リーダーシップを発揮し、よいチームができあがる一つの要素だと思う。

 『スローシャッター』の制作秘話をまとめたこのマガジンもぜひ通してご一読いただきたいのだが、田所敦嗣さんもこの記事の中で敬意について触れられている。なにより「160人の家族」の最後に挿入された、田所敦嗣さんとロアンさんが笑いあう写真からは、お互いの敬意がこぼれんばかりに、いやもうこぼれあふれていたのでぜひ見てほしい。その写真をじんわりと見てこの本を閉じたとき、田所敦嗣さんはこれからもリーダーシップ溢れる人々のクリエイティブで素敵なお仕事を見ていくのだろうなと思ったし、世界を駆けていく中で切り取る、静かで、しかし芯は熱く、飾らない無塗装機のようなお話と、もっと旅をしたいとも思った。
 新たな旅へ連れて行ってもらえるまで、僕は一人のアプーとして、この本を繰り返し読むだろう。そして世界で仕事をすることはなくとも、いつか僕も世界へ旅をしよう。その時はいまよりも素敵な自分として、田所敦嗣さんのように、旅先の人たちに敬意をもって触れられればよいなと思う。
  

あとがき

また、書評と言えるかわからないものができました。
面目ありません。
ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
自分も少年アプーなのかもしれないな、と思われたら、書店で表紙や写真群を見るだけでもきっと旅ができますので、一度お手にとってみてください。
なにとぞ、ぜひに。

(了)

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