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月響(げっきょう)21



今日のミサキはニットキャップをかぶって登場した。

ハットみたくアザが隠れないのでミサキの顔面は駅前の人だかりを
圧倒しまくっている。

自分がよけられてゆくのに気がついたミサキは大きな目をわざとらしく
見開いてピュウウと小さく口笛を鳴らした。

もっと混雑する花見の時期までそのアザ残ってるといいねと云うと、
そうだねと答えてニッコリ笑ってる。

とりあえず色々調達しようと近くのコンビニに入ったら、ミサキが甘酒を
発見した。

花見に甘酒は外せないねと二缶ずつ買う。

つまみには、そこから少し歩いたとこにあるノイ・フランクで
ウインナソーセージを焼いてもらう。

熱々のウインナが冷めないうちにと早足で桜並木へと戻り、一橋大学の入口近くのベンチに陣取る。

桜なんか全然目に入らない。

「花が咲いてないんだもん、仕方ないよね」

と云い訳しながらウインナをかじる。

ミサキがリュックから

「お握りあるよ」

とタッパーを取り出す。

中には八つの俵形をしたお握りが詰まっていた。

おかか梅タラコ鮭の順にあっという間に私のお腹に吸い込まれてゆく可愛い
小ぶりのお握り達。

お米がつぶつぶしっとりしていて超ウマイよ、と褒めると新潟の進さんが
送ってくれたお米だという。

「ナリちゃんもきっと毎日こんなにおいしいお米食べてたんだろうね」

とミサキがポツリ、つぶやく。

「私、知らないままのコト沢山あるんだよねぇ。
 でももう色々話せない教えてももらえない。
 だからって何で死んじゃったのよぉとか、もう思わないんだけどね」

と云って笑う。

私は黙ってシャボン玉のようにさまざまな色に輝きながらしばらくすると
消えてしまうミサキの言葉を眺めてる。

うらみがましく思ってないのは本音なんだとわかる。

改めてミサキの強さを頼もしく思う。

私は甘酒の最後のひと口を飲みほすと今朝のマー坊の話をミサキに
報告する。

「マー坊ね、中野に引っ越すんだって」

と云うと

「へぇ」

としか答えない。

「へぇってさ、どう思う?家から通えるのにわざわざ越すなんて。
 しかも理由も特にないのか教えたくないのか云わないし」

「へぇ、理由云わないの?」

「なんか、名字が中野だから中野区に住みたいとか訳判んない理由は
 云ってたけど……。
 でも最寄駅は中野じゃなくて沼袋っていう駅らしいけど」

「あぁ、西武線のそこらへんだったら中野君の行く大学の学生が
 沢山住んでるトコだよ」

とミサキはやけに詳しい。

「そうなの?
 なんだ、同じ大学の彼女とかすぐ作っちゃったりして」

とっさに出た言葉だった。

ひとりごとにしておきたかった。

直滑降で落ちてゆく私を眺めながらミサキがおかしそう。

「中野君に彼女ができる前にミツミが付き合っちゃえばいいコトじゃん。
 なんでそんなヘンな想像して落ちてんの?ていうかさ、
 中野って沼袋ってそんなに遠いトコかなぁ?」



いいえ、全然遠くありません。

私はナリタ君の今居るトコを思って軽く落ち込む。

一方ミサキは「ヨッ」と元気な声を出してベンチから立ち上がる。

そして、

「遠くなるって、そんなに悪いコトかな」

と云う。

悪いか良いかはわからないけど、不安ではある。

「ナカノの一人暮らし、応援しちゃうけど」

とミサキはナリタ君みたく、マー坊のコトを「ナカノ」と呼び捨てだ。

ナリタ君そっくりの口調。

ナリタ君なら確かに賛成するかもなぁ。


私はいちばん近くの桜の木にスタスタスタと近づいて、太い幹をギュッと
抱きしめてみる。

ぶ厚い木肌の割れ目からぷーんと桜の木の香が薫る。

声にしないで云ってみる。

ナリタ君、不安が勝手に湧いてきて困るよ~。

いろんな形してやってきて対処できないんだよ~。



「だいじょうぶ、だいじょーうぶ」

いつの間にか後ろにやって来てたミサキが私の首ねっこをひょいと
つかまえてクイクッと揉みながら答える。


私、声に出してないのになぁ。

ちゃんとナリタ君に届いててミサキが代わりに答えてるこの不思議。

でも全然不思議に感じないの。

こんなに良い天気だから桜たちはすぐ先の未来に向けて花を咲かすコトに
一心で、そのひたむきな力はどんなコトも可能にしてしまうに違いないから。



次葉へ



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