収集者の曖昧な記憶

「未明(みはる)くんが亡くなった」
 上司の左笹山(さささやま)が言った。窓を背にしているので表情は見えない。
「未明さんとは、どなたでしょうか?」
 私は哀しそうな声に聞こえるといいな、と思いながら、囁くような声で左笹山さんに言った。さが多いんだよ、マジ。
「あれ、弟では? 登録データのミスかな……」
「あ、あー。思い出しました。みはる、みーくんね、はるくんね。はいはい。そういえばそんな名前の弟がいましたっけね。そうか、あいつ死んだのか」
 なにしろ、私が廃人回収車に回収されたのは、もう200年以上前のことだ。弟がまだ生きていたことに驚く。両親や兄や姉はもう死んだっけ。うん、確か死んだ。ってことは、あとは妹だけかな? いや、妹ももう死んだんだっけ……?
「あのう、ご存知でしたら教えてほしいのですが、私の妹は生きていましたっけ?」
「社内の登録では存命だが。なにしろ200年以上前のことだから……連絡が来ていないだけかも」
「ですよねぇ……」
「朔夜(さくや)くん、君の集めているものはまだ集まらないのか?」
「早く死ねって言ってるんですか?」
 私の一族は、何かを集めることで死に至る。その何かが何なのかは、すべて集めるまでわからない。父の真昼も、母の明子も、兄の深夜も、姉の夕子も、妹の宵子(よいこ)も、たぶん集めるものを集めて、もう死んだ頃だろう。
 私は家族の中で最も熱心に、さまざまなものを、命をかけて(文字通り!)収集しているが、ちっとも死ねる気配がない。

 私のことを知らない人のために説明すると、私はだいたい200年くらい前、ものを集めすぎて家族に嫌われてしまい、廃人回収車に引き取られた。廃人を回収して、リデュース🎵リユース🎵リサイクル🎵してくれる、環境と社会にとびきり優しい、この限りなく黒に近いグレーな組織に囚われてしまったのだ。
 しかしながら、私があまりにも、ありとあらゆるものを集めることにこだわるので、組織の方がほんの半年で根を上げた。網走監獄よりも鉄壁の囚人環境で何を集めたのかは、ご想像にお任せする。
 ありとあらゆるものを集めてきた私のハイスペック(非常に多彩な資格、語学力、無駄に長生きしているぶん無駄に高い知能、老いることのない抜群の身体能力エトセトラ)を活用した方が随分とマシである、という結論になり、囚われの身から一転、黒服に身を包み、世界各地で廃人を回収する組織員となったのであった。
 あ、そうそう、名前は朔夜という。名字もあったような気がするんだけど、組織ではナンバーで呼ばれるため、もう思い出せない。
 自分で素敵な名字をつけちゃおう。麗夏咲夜(うららかさくや)、もし誰かに氏名を訊かれたら、これでいこう。

 かつてミュンヘンと呼ばれていた地域で廃人を探していたら、同族と遭遇した。二人組の男女だった。同族と会うのは非常に珍しいので、テンションが上がって勝手に自己紹介した。
「あの、あなたがたも収集者ですよね? 私は麗夏咲夜と申します。かれこれ200年ほど、コンプリート目指して世界を旅しております」
 サラッサラの黒髪をファサッと肩にかけて、そこそこの美少女が薄っぺらな胸を張る。
「私は飴梨果です。連れは権之助のごんちゃんです」
 これまた、そこそこの美少年がちょこんと首だけのお辞儀をする。
「権之助です。ごんちゃんです」
「私はかれこれ400年ほどコンプリートを目指して旅しています。ごんちゃんはまだ100年くらいですけど」
 飴梨果はちょっと自慢げな声で言った。
 生き残っているということは、私たちの中では自慢するようなことではないのだが、素直にすごいと思った。
 そこそこの美女である私は言う。
「400年。長旅ですね。お互い頑張りましょうね」
「麗夏さんのコンプリートを祈っています」
「ありがとう。飴梨果さんとごんちゃんのコンプリートを私も祈りますよ」

 コンビニでバーゲンダッシュアイスクリームを買い、翌日回収車に回収されたあの日から、たぶん、だいたい、何となくの感覚で言うと300年経った。
 そこそこの美少年から、そこそこの美青年になったごんちゃんと再会した。
「ごんちゃんではあるまいか?」
「あ、この前の……」
「この前っていうか100年くらい前? 飴梨果さんはどうした?」
「梨果さんはコンプリートしたんです」
「それはそれは、おめでとう。羨ましいことです」
「ありがとうございます。ぼくがお礼を言うのも変ですが」
 ごんちゃんはボッサボサの髪をした、美少女とはちょっと言いづらい女の子を連れていた。
「その子の名前は?」
「サンちゃんです。サンフランシスコの、サンちゃん」
 私はサンちゃんに集めていた石鹸をプレゼントした。ボサボサの髪の毛をぜひ洗ってほしい。
「梨果さんを見習って弟子を取るなら、髪の毛くらいは世話してあげなさい」
 ごんちゃんは埃っぽい顔をぽりぽり指でかいた。
「最近は水の出る建物も少ないですから、なかなか……」
 四度に渡る世界大戦を経て、一時は120億人を超えていた世界人口は25億人ほどになっている。人々は大都市に集まって暮らし、そのほかの地域の多くは、草木もろくに生えない荒涼とした砂漠である。
 同族がどれくらい生き残っているのかは知らない。
 私はごんちゃんたちと別れ、かつて日本と呼ばれていた地域へ帰ることにした。

「アース入星管理官になりませんか?」
 管理官の身分証を差し出して、なかなかの美青年が言った。名前は中本というそうだ。
 私が所属していた限りなく黒に近いグレーな黒服の組織は150年ほど前に壊滅してしまったので、今の私は自由気ままな身分だ。新しく何かの組織に入るなんて面倒くさいけど、興味はある。
「宇宙のあちこちへ行って、いろいろ収集したいんですけど、そういうのって……」
「ある程度可能です」
「やります。やらせてください」
 私はホイホイ書類に麗夏朔夜の名前をサインして、アース入星管理官になった。
 とんでもなく乱暴な宇宙人との外交をやらされたり、揺れのひどい宇宙船で長旅をしたり、酸素濃度の低い土地に三日(その星の一日はアースの4日に相当する)放置されたりしながらも、私は収集を続けた。
 その時、私と中本は宇宙にいた。
 緊急脱出装置を起動する直前、中本は言った。
「麗夏さんは、なぜそんなに、いろいろなものを集めているんですか?」
 ベルトがしっかり嵌っているのを触って確認しながら、私は答える。
「昔は確かな理由があった。生き物であれば、誰もが経験する死というものを、私は知ることができなかった。コンプリートすれば、死ぬことができる。そう思って、集め続けているうちに、集めることが人生そのものになっていって……今はもう、なぜ集めているのか、思い出せない」
 中本は軽く笑った。
「私のプリンを食べましたよね? 意味もわからずに、プリンの蓋を集めてるんですか?」
 私も軽く笑った。
「アイスクリームの蓋はまだ集めているけど、プリンの蓋はもう集めてないよ」
「じゃあ、プリンを食べたくて盗んだってことですね」
 宇宙服のヘルメットから聞こえる中本の声が、非難の響きを帯びている。
 私は緊急脱出装置のボタンを勢いよく押した。
「記憶にございません」
 崩壊寸前の宇宙船から、私は無限の宇宙のかなたへ飛び出した。

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