ネビュラ賞とTRPG

ネビュラ賞(The Nebula Awards)といえば、アメリカSFファンタジー作家協会(SFWA)が主催するSF・ファンタジー作品を対象とする作品賞であり、ファン投票をベースとするヒューゴー賞と並んでもっとも有名なSF・ファンタジー賞であると言える。元々小説の長さに従ってノベル(長編)・ノベラ(中長編)・ノベレット(中編)・ショートストーリー(短編)の4部門があったが、2018年から新たにゲームライティング部門(Best Game Writing)が設定され、2019年から授与されている。

このネビュラ賞の授賞式が先週オンラインで行われたのだが、今年のゲームライティング部門が大変に興味深かったので少しだけ紹介したい。というのも、これまでの3年間ほとんどがビデオゲームに占められていたこの部門だが、今年はノミネート作5作の内4作がTRPGであり、しかも初めてTRPG作品がネビュラ賞の栄冠に輝いたのである。

ちなみに過去の受賞作は、2019年はインタラクティブ映像作品である "Black Mirror: Bandersnatch"、2020年は1人称形式のSF RPG "The Outer Worlds"、2021年はギリシャ神話をテーマにしたローグライクアクション "Hades"であり、この間毎年5作品ずつ、計15作品がノミネートされているが、その中にいわゆる非電源ゲームは1作品だけである。

過去にノミネートされた1作品は2020年の "Fate Accessibility Toolkit" (Evil Hat Productions)であるが、これはFATEシステムのサプリメントであり、心身に問題を持つキャラクターを遊ぶ/心身に問題を持つプレイヤーと遊ぶためのガイダンス/アドバイス/オプションを集めたツールキットである。

2021年にゲームライティング賞を受賞したのは Evil Hat Productionsの "Thirsty Sword Lesbians"。キャラクター間の関係性を感情を主体に描くことに注力したゲームであり、タイトルからわかる通り、より“自由な”関係性の表現を重視している。システム的にはApocalypse WorldやMonsterheartsの系譜(Powered by the Apocalypse)。
他のノミネート作品も見てみよう。
"Coyote & Crow" (Coyote & Crow, LLC) は気候変動により壊滅的な被害を受け、ヨーロッパからの入植者が来ることなく、先住民族が独自のハイテク文明を築いた世界を舞台にしたSF TRPG。"Granma's Hand"  (Roaring Lions Productions) は黒人のスーパーヒーローの活躍を描くTRPGのようだが、調べてもあまり情報が出てこない。"Wonderhome" (Possum Creek Games) は動物たちの旅路を描くGMレスTRPG。素晴らしいアートワークの数々が話題になった。"Wildermyth" (Worldwlaker Games LLC) は2022年のノミネート作の中では唯一のビデオゲームだが、雰囲気はTRPGやボードゲームを彷彿とさせる。

しかし今年になって一気にTRPGがノミネートされたのは少し不思議な気がする。もちろん過去数年のDungeons & Dragons人気が追い風になっている面はあるだろう。D&Dの圧倒的な存在感の裏に隠れているものの、米を中心とした英語圏では挑戦的な(時にシチュエーションを限定した特化型の)軽量インディーTRPGが多く作られていて、それがようやく日の目を見た、ということなのかもしれない(英語圏に限定しているのは、私がその他の海外TRPGには疎くて事情を知らないからであって英語圏以外にそうした動きがないという意味ではない)。D&Dの人気に引っ張られる形でそれ以外のインディーTRPGも盛り上がっているのであればこれは大変に嬉しい流れである。インディーTRPGのリリース数やプレイ状況についても調べてみたいところ。一方で2021年は(新型コロナの影響もあったことで)ビデオゲームの新作があまり出なかった、というような要因もあるのかもしれないが、こちらはあまり事情を知らないのでどなたか教えていただけるとありがたい。

また、先日書いたように、2021年はクラウドファンディングサイトであるKICKSTARTERでTRPGが盛り上がったということもあって、実際 "Thirsty Sword Lesbians", "Coyote & Crow", "Wonderhome"はKICKSTARTERで資金を集めた注目プロジェクトだった。それぞれ$30万ドル、$100万ドル、$30万ドルほどを集めている。昨今の大型ボードゲームKICKSTARTERプロジェクトに比べると少額に見えるが、TRPGとしては大成功の部類といえよう。KICKSTARTERのようなチャンネルを通して、多くのファンからの支援を受けるTRPGが出てきているのも、TRPGが広がっていることの一つの現われなのかもしれない。

ところで、一つの物語を表現する小説とも主観的な物語を再構成しうるビデオゲームとも違い、TRPGシステムそれ自体は“物語”を生み出す装置でしかなく、“物語”として評価できるのだろうか?実際私もゲームライティング部門が発表された時には「TRPGの“シナリオ”が対象になりうるのだろう」と思ったのだが、実際に規定を見ると"an interactive or playable story-driven work which conveys narrative, character, or story background"、つまり“インタラクティブな、あるいはプレイ可能なストーリー主体の作品であり、ナラティブ、キャラクター、あるいは物語の背景を伝えるもの”が対象となるので、ストーリーを生み出すゲームの世界設定それだけでも対象となりうるのである。一方で規定を見る限り(そしてネビュラ賞のシステムから考える限り)、ゲームシステムの出来それ自体は積極的な評価の対象ではないようで、個人的にはやや残念な気持ちもある。今回の選出が“ライティング”のどのような面を評価したものなのか、関係者の意見を聞きたいところではある。

私自身は、物語性とゲーム性の両立・融合こそがTRPGの魅力だと思っているのである。物語性だけを見ても、ゲーム性だけを見ても、TRPGを正しく評価することはできないのではないか。
(とはいえ“ゲーム性を含めたTRPGの評価”というのは簡単ではなく、そうした批評の場自体が成立していない現状では無茶な要求ではあると思う)

ゲームライティング部門が設立されたのは、ゲームライターがSFWAの会員資格を得た(2016年)流れからでもあるようだが、それと同時にゲームというものが物語を表現するメディアとして無視できないものになったからでもあろう。ビデオゲームの技術の進歩も重要だし、一方でTRPGのようなユーザーの想像力に依存するローテクな分野も同時に存在する。ナラティブ要素を含むボードゲームも今後ノミネートされるようになるのではないだろうか。文学作品と共に、こうしたよりインタラクティブなメディアの発展にも注目したいし、ネビュラ賞がそうしたジャンルを取り上げてくれることは大変喜ばしいと思っている。

受賞作を含めてノミネートされた作品のうちの3作品が、現実の社会的な問題について架空の世界という切り口から描いた作品であることは注目に値する。"Thirsty Sword Lesbians"はヘテロセクシャルではない“クィア”な関係性が主たるテーマであるし、"Coyote & Crow"はアメリカ先住民族、"Granma's Hand"は黒人を扱っている。私はTRPGが社会的な問題に関心をもつべきと思っているわけではないが、TRPGが社会的な問題を描く力を持っているということについてはもっと考えても良いのではないだろうか。今回のノミネート作品を見る限り、ネビュラ賞がそうした側面を意識しているのは明らかであるし、現実の社会の問題に対するある種のカリカチュアとしての仮想世界体験、というのはTRPGの魅力の一つではあるし、SFWA関係者がそうした要素を評価するのも理解できる。
(SFやファンタジーの読者層はリベラル寄りが多いし、アメリカのTRPGプレイヤー層もリベラル寄りなのではないかと思っているが、実際はどうなのだろうか)
(一方でゲームとしてこうした問題を扱うことは、一歩間違えるとそれらを客体化して消費することになりかねないわけで、実際の運用については気をつける必要があろう)

そして日本のTRPGにも特定シチュエーションやある種のナラティブに特化した作品が数多くあり、うまく英語圏のユーザーにアピールできればネビュラ賞も狙えるのではないだろうか?はっきりとした目的にフォーカスして、短く遊びやすく、そして面白い視点を提供できれば十分チャンスは有ると思うので是非挑戦してみて欲しい。英語版をインターネットで公開もしくは電子販売していれば受賞資格はあるし、『りゅうたま』よろしくKICKSTARTERを使うのもありだと思うし、最近の流れを見るとちゃんと対策を立てればかなりのところにいける気がする。

ネビュラ賞の授賞式におけるゲームライティング部門の発表は以下のリンクから見ることができる。前年度受賞した "Hades" のデザイナーであるGreg Kasavin氏からのコメントが短くも趣深いので一度見ることをお勧めする(英語だが字幕付きだし、字幕>自動翻訳(日本語)でもそれなりに分かると思う)
「ロールプレイングは、日常のあなたとは違うペルソナに入ることができます(略)それはあなたとまったく違う誰かかもしれないし、あるいはあなたが思うよりもずっとあなたらしい誰かかもしれません」
https://youtu.be/21VKlslZIRo?t=3798

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