ボードゲームにおけるクラウドファンディング(2):2021年の動向

前回はKICKSTARTERの2010-2020年を眺めたが、今回は2021年のボードゲームの状況を概観してからクラウドファンディングについて考えてみたい。

北米ボードゲーム業界の2021年

おなじみICv2のレポートから見てみよう。基本的に北米市場を対象にした数字となる。
ホビーゲーム業界全体としては27億ドルで前年比で30%以上の伸び。この10年間毎年1割程度の伸びを示していたが、さらなる成長を見せた。内訳ではコレクタブルカードゲームが13.5億ドル(前年比約50%増)と半分を占めた。次いで(非コレクタブルの)ミニチュアゲームが5.2億ドル(前年比約25%増)。北米でもGWが圧倒的な強さ。一方でホビーボードゲームは5億ドルと、前年比約15%増の伸びを見せたが、総額としてはミニチュアゲームに抜かれることとなった。トップ10ボードゲームには『カタン』『チケット・トゥ・ライド』といった定番ゲームに加え、『ウィングスパン』『パークス』『ルート』『アルナックの失われた遺跡』といった新・定番ゲーム、更に『グルームヘイヴン』『デューン:インペリウム』のようなやや重目のゲームもランクインしているところは面白い。『ディセント』が2位入っているところは(当たり前だが)日本とは状況が異なる。BGGでも当初はかなり評価が荒れてたが高い評価に落ち着いてきた(新版も日本語化されるとありがたいのだが……)。カード・ダイスゲームは1.8億ドル(約13%増)とボードゲームと同様の傾向を見せ、TRPGは、額は少ないものの1.5億ドルと約40%増して大きく成長した(その大部分がD&D関係)。

全体として、COVID-19による巣ごもり需要もあり、ホビーゲーム業界の売上は順調以上の伸びを見せた。中でも特にコレクタブルカードゲームとミニチュアゲーム(とそして額は少ないがTRPGも)の伸びが著しく、一方でボードゲームはトータルで見ると“順調な成長”という印象。ミニチュアゲームはペイント需要、TRPGはオンラインセッションが定着しつつあり、COVID-19下の状況に適応している、といった追い風要素はあるかもしれない。2021年は実店舗が再開し、2022年にはコンベンションなども徐々に戻ってくるであろう。今後の成長も期待できそうである。
一方でパブリッシャー側の数字を見てみよう。こちらは当然のことながら北米市場に限らないデータだ。KICKSTARTERボードゲームの雄、CMONの2021年レポートを見ると2021年の収益はおよそ3800万ドル。8割以上がボードゲーム事業からの収益で、全体の8割以上が南北アメリカとヨーロッパ市場が占めている。2020年はコロナ禍の影響を受けて収益が落ちていたが、ここ数年を通してみると、KICKSTARTERからの収益が卸売の収益と同等かやや上回るくらいのようだ。逆に言えばCMONはKICKSTARTERに匹敵する売上を卸売から得ているということでもある。 ちなみにクラウドファンディングから撤退したStonemaier Gamesの2021年の収益は驚きの2470万ドル。『ウイングスパン』という超巨大タイトルを抱えているとはいえ、社員6名(内フルタイムは3名)でこれだけの収益というのはとんでもない会社になってしまったな、という感想である(ちなみにCMONの社員は65名)。
総合的に見ると、COVID-19の影響を受けながらもボードゲーム市場は順調に拡大していると言えるだろう。

まったくの余談であるが、更についでに言えばマジック:ザ・ギャザリングとダンジョンズ&ドラゴンズを擁するWizards of the Coast(とHasbroのデジタルゲーム部門)の2021年の収益は前年比42%増の13億ドル近くである。ホビーゲーム市場は順調に拡大を続けているものの、トレーディングカードゲーム市場や一般玩具市場に比べればまだまだ小さいと言えるだろう(別に悪いことではないのだが)

じゃあ日本のホビーボードゲーム市場はどのくらいの規模なのか、というと実はあまり良くわからない。一般社団法人日本玩具協会の市場規模調査によると、2020年の国内玩具市場は全体で約8300億円(アメリカの玩具市場の1/5~1/4くらいなので妥当な感じ)だが、いわゆるボードゲームは「01 ゲーム」(2020年度200億円弱)の一部でしかない(と思われる)。また、この市場規模調査には、おもちゃショーに参加しているマテル、ホビージャパン、GPなどは含まれているが、アークライトはおそらく含まれていない。ざっくりゲーム部門の半分以下、50億~100億円くらいではないだろうか。すごろくやの丸田氏は“市場規模は70億円ぐらい”と推計しているので妥当な数字であろう。北米の10%前後と考えると(人口比的に)まだ拡大の余地はありそうではある。一方でトレーディングカード市場は1200億円とほぼ北米市場に匹敵するレベルで、予想以上であった。そんなに売れてるのね。知らなかった。

KICKSTARTERボードゲームの2021年

2021年のKICKSTARTERテーブルトップ部門は、2020年に比べて約13%増の2.7億ドルを集め、北米ホビーゲーム市場のおよそ1割、ボードゲーム市場の半分ほどの規模であると言える。市場全体と同様に順調の伸びを見せている。ボードゲームプロジェクトとしては、The Witcher: Old WorldMonster Hunter World The Board Gameという有名ビデオゲームIPを使ったミニチュアもりもり系ボードゲームプロジェクトが注目を集め、またCMONもいつものZombicideシリーズに加えてMarvel United: X-menというIPものを繰り出した(そしてこの流れが2022年にはMarvel Zombiesという形で合流するわけだから面白い)。MarvelからはMarvel Dice Throneも登場し注目を集めた(このあたりの版権は企画ごとに別々に契約しているのだろうか。Star Warsは「ボードゲーム製作の権利を特定会社が買い取る」みたいな形だったという話を聞いたが色々変わったのか?)。EverdellRoot, Castle of Mad King Ludwigといった既に評価が定まっているゲームの拡張やデラックス版が登場して人気を博したケースも目立った。一方で、Primal: The Awakeningのようなミニチュアもりもり系が登場したり、ホビーボードゲーマー以外の支持層を取り込んだカードゲームプロジェクトが爆発的なヒットになったり、といった実に“KICKSTARTERらしい”光景も健在。可愛らしいアートワークと作り込みで人気を集めたFlamecraftや、SF-4XのStellaris Infinite Legacy, Voidfallなどは、KICKSTARTERのクリエイティブな側面が機能していることの現れにも感じられる。総合的にはKICKSTARTERにおけるボードゲームも順調に成長していると言えそうだ。
一方でプロジェクトの大型化が進み、50万ドル以上を集めた大型プロジェクトが100以上となった点には注が必要だ。テーブルトップゲーム部門全体の伸びを牽引したのもこうした大型プロジェクトの増加によるものであり、小型プロジェクトはそこまで伸びていない。KICKSTARTERに登場するプロジェクトの数自体も3500以上となり、プロジェクトを“見てもらうこと”自体が以前よりも難しくなったように感じている。個人でやるような小規模同人プロジェクトにとって、KICKSTARTERは大きすぎる場所になってきているのかもしれない。

ボードゲーム以外で見ると、2021年のKICKSTARTERはTRPGの年であった、と言えるだろう。人気アニメ『Avatar』世界を舞台にしたTRPG、Avatar Legendsが1000万ドルに迫る額を叩き出してTRPG最大プロジェクトを大幅更新したのを始め、『指輪物語』もののThe One Ringなど100万ドル超えのプロジェクトを連発した。100万ドルを超えたTRPGプロジェクトは2020年以前に4作しかなかったことを考えると大躍進と言えよう。Dungeons & Dragons 5th Editionが牽引するTRPGブームが広がっていることを感じさせる。

前回も書いたが、Exploding Kittensの伝説的な成功以来、ユーロゲーマーやミニチュアゲーマーなどのコアホビーゲーマー以外を対象にしたカードゲームはKICKSTARTER上で一定の存在感を示し続けている。2021年はThe Binding of Isaac: Four Souls Requiemがそれである。私はそうしたゲームも広い“ホビーゲーム”の中にあるべきだし相応の敬意を払われてしかるべきだとも思うのだが、しかしまだ製品ができてもいない今の段階で、BGGのレーティングが(100人以上がレートを付けた上で)9.6というのはどう考えても異常である(2022年5月時点。8割が10点をつけている)。デザイナー(有名ビデオゲーム開発者)がバッカーに「BGGに登録して10点をつけてくれ」と言ったという話も目にしたが、BGGもこういう場所になってきたか、と思ってしまう。以前からKICKSTARTERのゲームはそれ以外のゲームに比べて点が高くなりがち、という傾向はあったのだが、これは極端すぎる。正式リリース以降評価も落ち着いてくれると良いのだが。

Gamefoundの登場

2021年のボードゲームクラウドファンディングにおいて重要なのはGamefoundの登場であろう。KICKSTARTERで大型プロジェクトをいくつも成功させたポーランドのパブリッシャーAwaken Realmsが、KICKSTARTERのバッカー向けキャンペーン後の精算サイトとしてGamefoundを設立したが、そのノウハウを生かして、テーブルトップゲーム専門のクラウドファンディングサイトとしてオープンさせた。2021年はクローズドβとして、事前に選ばれたプロジェクトのみという状況ではあったが、それでも100万ドル超えのプロジェクトを5つ、総額2000万ドル以上を集め、KICISTARTERのテーブルトップ部門の8%の規模となった。Indiegogoで(主にヨーロッパ市場をターゲットにした)ボードゲームのクラウドファンディングが盛り上がっていた時期もあったが、基本的にはボードゲームのクラウドファンディングはKICKSTARTERの一人勝ちという状況が長く続いてきた。Gamefoundの参入はこうした状況を変えるものになるのではないかと期待している。Gamefoundについては次回もう少し検討してみたいと思っている。

COVID-19の影響

一方で製造側にとってのCOVID-19の影響は、まだまだ大きく厳しい状況が続いている。世界的な輸送コストの増大、原料の高騰や各地でのロックダウンによるスケジュールの遅れ、これに伴う追加経費の発生は無視できるものではないようだ。輸送費だけでも数倍に跳ね上がったと聞く。このあたりの事情については既に記事が公開されているのでそちらを参照して頂きたい。基本的にはボードゲームパブリッシャーのほとんどが影響を受け、輸送に伴うコスト増をどうやって緩和すべきか苦慮しているところではないだろうか。中小パブリッシャーの多くは、輸送費が安くなるまでスケジュールを遅延させることを余儀なくされていると思うが、その間の倉庫代などもかかるわけで、相当厳しいと思われる。ボードゲームの生産拠点も中国に集中しており、影響を避けることはできない。生産コストを下げるために中国の工場を使うことにしたリスクが強烈にでた、という面もあるが、ヨーロッパはともかくアメリカにはそもそもボードゲームを生産できる工場がないこともあり、今後生産体制が世界的にどう動いていくのか気になるところではある。
クラウドファンディングはその性質上、基本的に生産・輸送が始まる前に出資を募るため、その対価としての製品の送付(今更書く必要もないだろうが、KICKSTARTERは販売サイトではなく、あくまで建前上は出資者に対する返礼品の送付なのである)までの間にコストが増加した場合は対処が非常に難しい。今後は、小規模企画がさらに減少し、また送料が後から決まるような形式のプロジェクトが増えるのではないだろうか。中小パブリッシャーは特にクラウドファンディングの利用方法を再考する必要がありそうである。

直接関係ない話ではあるが、個人的には2021年のTasty Minstrel Gamesの廃業は衝撃的だった。最近でこそ存在感は薄れていたが、Tasty Minstrel Gamesは初期~中期のKICKSTARTERボードゲームのヒットメーカーであり、2011年のEminent Domainは(5万ドル弱の額は今でこそ小規模プロジェクトではあるが)当時は年間トップのボードゲームプロジェクトであった。その後もDungeon RollScovilleといったヒット作を連発、名作Colosseumのリメイク横浜紳商伝の海外展開など精力的に活動を続けていた中堅パブリッシャーであった。その失墜の原因がクラウドファンディングにあるとは言わないし、COVID-19の影響だとも思わないが、クラウドファンディングの資金繰りの難しさという側面はそれなりにあったのではなかろうか。

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