ボードゲームにおけるクラウドファンディング(1):KICKSTARTER 2010-2020

モダンボードゲーム(あるいはデザイナーズボードゲーム)の歴史を考える上で、クラウドファンディング、特にKICKSTARTERを無視することはできない。例えば2020年の北米のボードゲーム市場はおよそ4億ドル強である(ICv2のレポート)が、KICKSTARTERは同じ年にテーブルトップゲーム部門のみでその半分以上(約2億4000万ドル)を集めている。もちろんKICKSTARTERは(アメリカからの参加者が圧倒的に多いとは言え)北米に限定されていないし、テーブルトップゲーム部門はボードゲームに限らずミニチュアゲームその他も含むとは言え、無視できない規模であることは明らかだ。今回は2010年から2020年の間のKICKSTARTERにおけるボードゲームの流れをまとめてみたい。
本稿を書くにあたって、オンラインに公開されている各種リソースを参照している。ICOの一連のKickStarter記事(特に2020年のレポート)とStefan Werning氏のプレプリント"Conceptualizing Game Distribution: Kickstarter and the Board Game 'Renaissance'"は大変に参考になった。興味のある方はそちらも読んで頂きたい。とはいえ、本稿は基本的に私個人の主観による概観であって特に客観的な解析をしたわけでも網羅的な分析を試みているわけでもないのでその点ご了承いただきたい。

上の図で言いたいことの殆どは終わってしまっているのだが以下補足。すべてのゲームを入れられるわけではないので、抜けているものが多いと思うのだが、入れるべきタイトル(特に2010-2015の主要なボードゲームプロジェクト)があればご指摘いただけるとありがたい。

  • テーブルトップゲーム部門はKICKSTARTERの花形である:KICKSTARTERが2009年に開設された当初の人気カテゴリは、実は映画・動画カテゴリであった。ゲーム部門が金額でトップのカテゴリになるのは2012年(ただしこの年はその1割以上がゲーム機OUYAに集まっている)。そしてゲーム部門内でテーブルトップゲームがビデオゲームを上回るのが2013年で、以降ゲーム部門(特にテーブルトップゲーム)はKICKSTARTERの人気部門であり続けている。2020年にはKICKSTARTERが集めた総ファンド額のおよそ3割がテーブルトップゲームに集まっている。KICKSTARTERがボードゲーム業界において無視できない存在であると同時に、ボードゲームはKICKSTARTERにおいて重要なカテゴリであるのだ。

  • クリエイティブなボードゲームプロジェクトがKICKSTARTERから生まれている:KICKSTARTERは本来クリエイティブなプロジェクトのためのコミュニティのための場である(とはいえ実質的に予約サイトや販売サイトとして使っているパブリッシャーが存在していて問題ではあるが、それはまた別の話)。そしてボードゲームにおいてはそれはある程度機能している、と言って良いだろう。BGGのランキング20位までの中にはGloomhaven(1位)、Brass: Birmingham(3位)、Spirit Island(9位)、Scythe(14位)、Nemesis(18位)とKICKSTARTER発のゲームが5つも含まれている(2022年5月現在)。GloomhavenのCephalofair Games、Spirit IslandのGreaterThanGames、ScytheのStonemaier Games、RootのLeder Games、EverdellのStarling Games、AnarchronyのMindclash Games、The 7th ContinentのSerious PoulpなどはいずれもKICKSTARTERから生まれたと言って良いパブリッシャーだ。それぞれ、既存のマーケットとは違う挑戦的/野心的なゲームを出していて、これらのゲームが世に出て評価されるようになったのも、それを支持するコミュニティがあってこそ、であろう。

  • “ソーシャル”カードゲームは無視できない:コアゲーマー(特に日本の)にとってはあまり関係のない領域ではあるが、軽いソーシャルタイプの(往々にして特定のコミュニティを支持基盤に持つ)カードゲームは、無視できない存在で、定期的に大ヒット作が現れる。一般販売して朝大ヒット作となったCards Against Humanityから始まり、当時圧倒的な金額を叩き出したExploding Kittens以降、ほぼ毎年のように百万ドルクラスのプロジェクトが生まれている。何故そこまでヒットするのかわからないようなものもあるが、コアゲーマー以外のユーザー層が存在することも事実なのである。なお“ソーシャル”カードゲームと記述しているが、これは一般的な用語ではなく、またいわゆるソーシャルディダクション系のゲームなどゲームの内容がソーシャルであることを意味していないことに留意されたい。

  • ミニチュアは強い:上の図にはゲームルールが付属しない純粋なミニチュアプロジェクトを外しているが、ミニチュアが含まれるゲームは強い(≒総金額が多くなる)ということはKICKSTARTERを見ているゲーマーの方なら共感していただけることだろう。もちろん原価が高いため1ユーザーあたりの単価が高く、結果として総金額が大きくなるという部分も否定できないが、システム重視のコアゲーマーとは(部分的に重なるものの)違う層のミニチュア重視のユーザー層が存在していて、無視できない市場が作られている印象がある。これと並行してボードゲーム全体のコンポーネントの発展とユーザーからの要求という側面もあって、DoWの登場からCMONへ/ミニチュアゲームと開発と技術の進歩の影響など多方面からも考える必要があるが、“ミニチュアを前面に出したゲーム”というのがKICKSTARTERの一つの成功パターンであるということはできるだろう。

  • 版権ものゲームの登場:版権もののボードゲームが注目されたのは2015年のConanからではないかと思う。翌年のDark Soulsからビデオゲームのボードゲーム版も本格化した印象があるが、版権ものは(前項のミニチュアと重なる部分もあるが)“オリジナルの3D造形化”という要素もあって、ゲーム自体の評価は難しい。原作再現のためにシステムが煩雑になることもあり、ゲーム自体の評価がそこまで高くならない場合も少なくないのだが、一方でそもそもユーザー層がコアゲーマー(例えばBGGでレートを付けるような層)と異なっている部分もあるわけで、これを以ってプロジェクト自体を評価できない面もあるのではないだろうか。

  • CMONスタイルの確立:CMON(CoolMiniOrNot)は元々塗装したミニチュアの投稿サイトであったが、2011年Super Dungeon Explorer(非KICKSTARTER)からボードゲームのパブリッシング事業に参入する。2012年にZombicideでKICKSTARTERデビュー。テーマ性が強く大量のミニチュアを同梱し、ストレッチゴールで徐々にアップグレードされていく&アドオンで更に豪華にできるという仕様は衝撃を与えた。Zombicideは翌年にSeason 2のキャンペーンが開かれ圧倒の200万ドル超え、その後もほぼ毎年のようにKickStarterに登場し毎回数百万ドル超を集める化け物タイトルになる。一方でCMONはZombicide以外にもミニチュア多めのゲームをKICKSTARTERに投下し、100万ドルプロジェクトを量産していく。コアゲーマーにとってはEric Lang氏をリードデザイナーとして迎えた三部作(Blood Rage, Rising Sun, Ankh)が重要かもしれない。現在でもKICKSTARTERのテーブルトップゲーム部門を代表するメーカーであるが、それと同時に、「ミニチュアをふんだんに使ったリッチなコンポーネント」「テーマ性とゲーム性を両立させるハイブリッドスタイル」というプロダクトデザインに加え、「ストレッチゴールとアドオンを押し出したキャンペーンスタイル」を確立させた功績は大きい。ちなみにCMONがKICKSTARTERで行ったキャンペーンの内でもっとも小規模で終わったのは2014年のDogs of War(デザイナーはPaolo Mori)なのだが、あれは不当な評価である気がする……Blitzkrieg!の前身とも言える佳作だと思う。

  • Awaken Realmsの登場:ポーランドのパブリッシャーAwaken RealmsがKICKSTARTERに登場したのは2015年。最初のキャンペーンはミニチュアウォーゲームで当初からミニチュアを主体とした企画であった。同じくポーランドのメーカーが開発したビデオゲームThis War of Mineのボードゲーム版のキャンペーンを2016年に展開し、The Edge: Dawnfall, Lords of Hellas, Nemesisと大型キャンペーンを立て続けに成功させて注目パブリッシャーとなる。基本的にはCMONタイプのミニチュアをアピールした重量級ゲーム(ゲーム的にはCMONより更に重厚になっている印象)を中心としているが、自社でポストキャンペーンのサーベイを行い、そこからGamefoundの立ち上げに至った点が重要(詳細は次回以降)

  • 数字では見えにくい中小パブリッシャー:このようにまとめると、やはり注目は高額を集める大型プロジェクト(ミニチュア多めのボードゲーム、もしくは話題性の高いカードゲーム)が目立ってしまうが、実際には数十万~数百万ドルでユーザー単価が100ドル以下のいわゆる一般的なボード・カードゲームを扱う中小パブリッシャーもKICKSTARTERの重要な一部であって、なかなかそこは捉えにくい部分があるのではないかと思う。また、次回以降に触れるが、昨今の情勢の変化(主に流通関係)は中小パブリッシャー+クラウドファンディングのスタイルに厳しい部分もあり、今後の動勢については注意が必要であろう。

  • 2015年が転換点:個人的な体験からみても、2015年がボードゲームクラウドファンディングにおいて一つの転換点であったのではないかと思う。この年の動向についてはKICKSTARTERのまとめICO Partnersのレポートに詳しいが、「Exploding Kittensの大ヒット」「Conanの登場によるIPベースの大型ボードゲームの流れ」「Zombicide: Black Plagueの成功(ブランドの定着)」「CMON+Eric Lang三部作開始(Blood Rage)」「The 7th Continent・Gloomhavenと言った野心的なプロジェクトの登場(と成功)」「正体隠匿系ソーシャルゲームの成功(Secret Hitler)」「インディーパブリッシャー発のハイブリッドゲームの到達点(Scythe)」といった注目点があり、また金額的には少ないものの評価の高いゲームとして長く遊ばれることになるSpirit Island (GreaterThanGames, $84k)やDeception: Murder in Hong Kong (Grey Fox Games, $66k)も重要なタイトルだろう(Decption: Murder in Hong Kongはもしかして「アジア発のゲームがKICKSTARTERを通じて世界市場に進出」したゲームの先駆けなのかも。そうなると更に重要度が上がりそうだ)。KICKSTARTERから始まったインディーパブリッシャーの代表例と認められていたStonemaier GamesがScytheで$1.8Mを叩き出し(今となっては中堅プロジェクト的な額だが、当時としては破格の規模だった)、更にこれを最後にKICKSTARTERを卒業したのは印象的である(その後もKICKSTARTERに依らない自社展開でヒット作を連発したことはご承知の通り)。また個人的な感覚で申し訳ないが、2015年までは100万ドルというのは超大型プロジェクトの証であったが、これ以降100万ドルは珍しいものではなく“話題性のあるプロジェクトならまあこれくらいは”的なレベルになった印象がある。2015年は発展期から成熟期へ移行した年、と感じている。

以上がKICKSTARTERのボードゲームのこれまでに関する私的なまとめである。いろいろと見落としている部分も多いと思うのでご意見をいただければ幸いである。

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