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「ロールモデルの不在」は本当に「わたし」の成長を阻むの?

こんにちは。約1か月ぶりのお手紙になります。みなさん、お元気でしたか?

かあちゃん事ですが、近況報告!
わたくし、なんと子どもの通う学校のPTA役員になってしまいました(想定外)。

前回、かあちゃんは女性のエンパワメントが大切っていうお手紙を書きましたが、色んな意味で地域や学校、子どもたちの環境を知り、みんなで盛り上げていこうと思っています。
前向きに、頑張りすぎず、無理はせず、手に負えなくなったら周りの人に「手伝って!助けてぇ」って言いながら、1年間任務を遂行しようと、覚悟を決めました。
(正直、まだ少し荷が重いんですけどね。笑)

さて、みなさんのなかにも、この春から新しい環境でスタートされた方もいらっしゃると思います。
初めてのことに挑戦する機会がやってきたら、かあちゃんはまずそれをすでに知っている人から聞いたり、真似てみたり。自分なりに試行錯誤しながら、とりあえず動いています。

さて、質問です。
あなたは仕事や普段の生活の中で、自分にとって最適な「ロールモデル」がいますか?

もちろん、みなさんの置かれている状況や環境、立場のちがい(会社員、個人事業主、学生、主婦など)によって、ロールモデルに対する受け取り方が変わってくると思います。

●働く上でのロールモデルならいます。憧れの先輩がいます。
●尊敬する人と、仕事上のロールモデルは違います。
●人生のロールモデルって設定した方がいいのかしら?
●そもそも、ロールモデルって何?
 
などなど、いろんな意見があると思います。

今回はかあちゃんが調べたことや経験したことをお手紙にしてみたので、みなさんと一緒に考えられたらなぁと思います。

「働く」におけるロールモデルは最近いろいろあるみたい

そもそもロールモデルとは、英語の「role(役割・役目)」「model(見本)」のこと。自分の行動や考え方などの上でお手本になる人物のことを指します。

特にキャリアに特化しなくても、私生活でも、自分の理想とする立場を確立している人や、真似したいと思うような立ち居振る舞いをする人がロールモデルになりえるし、一人でなくてもいい。人付き合いの上手な人、真似したいファッションの人、素敵な趣味を持つ人など、複数いてもいいはずです。

ただ日本では人材育成、企業内OJTやコンサルティング系のセミナーで「ロールモデル」が使用されることが多いようなので、今回はキャリアにおけるロールモデルについてお話したいと思います。

ロールモデルを制度化したもののなかに、「メンター制度」や「エルダー制度」が位置づけられているようです。

メンター制度とは、新入社員や若手の社員に対し、経験を積んだ先輩社員がアドバイスやサポートを行う制度。仕事面のみならず、生活面やメンタル面での相談に乗ることもある。相談役の先輩社員のことをメンターというのに対し、後輩社員はメンティーという。
ブラザー・シスター制とも呼ばれている。

エルダー制度とは、直接仕事に関わる問題について先輩が後輩をケアするという制度。会社の具体的業務を実際の業務をしながら教えるOJTに似ている部分もある。(引用元

制度化することで、マッチングや運用がうまくいけば効果を示しますが、逆にそれらがうまくいかないと、一人ひとりの成長はもちろんのこと、業務遂行そのものに支障をきたしてしまい、本末転倒です。
そもそも、会社のなかだけで自己成長しようとすることは不可能。

25歳の先輩と23歳の後輩、かあちゃん世代から見たら、どちらも同じような経験値にみえます。このようなケースだと、後輩の精神的なサポートをメンターやエルダーが請け負うには荷が重すぎるのではと思います。それに、メンターは心身の専門家ではないのですから。

そう思うと「メンター/エルダー制度」の有効性には疑問があります。

メンター制度がなくても、仕事(一定の業務内容)を先に知っている人が、あとから来た人に教えたり、やり方を伝授したり、普段からみなさんがしていることではないでしょうか。
また、同じ会社内でなくても、取引先、顧客とのやり取りといった、多様なシチュエーションを経験することで、コミュニケーション能力も磨かれていくのだと思います。

そんななか、2013年には厚生労働省が女性社員の活躍を推進するための「メンター制度導入・ロールモデル普及マニュアル」という、メンターロールモデル普及マニュアルを作成しています。

このような制度を国が作ったということは、当時それなりに産業界からの声があがったということは想像できます。特に女性の離職率が多い理由として、置かれた環境(職場)のなかで目指すべきロールモデル(人物)がいなかったからというのは事実ですし、制度化する理由はあったと思います。

しかし、女性活躍もさることながら、このようなロールモデルの「制度」ばかりが一人歩きしているように見えて違和感を感じてしまうのは、かあちゃんだけでしょうか。

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2年間で廃止となった就業力育成支援事業

メンター制度やロールモデル事業が推進される少し前の2010年には、高等教育においても、似たような取り組みがされていました。
2010年春卒業の大学生の就職内定率が、就職氷河期以来の落ち込みを記録したことから、文部科学省は、2014年度までの5年間を大学生・大学院生の「就業力」向上の重点期間と位置づけ、キャリア教育に積極的な大学・短大の取り組みを財政支援する「大学生の就業力育成支援事業」を立ち上げました。

各大学が授業プランを作成し、同省が立てた選定委員会(職業教育やキャリア支援の専門家、企業の採用担当者らを含む)で選ばれた企画(大学)に助成金が支払われました。
実際に2010年の初年度は既存の補助金とは別枠で30億円の予算が確保され、1校につき年間2,000万円程度が選定された180大学・短大に配分されました。

具体的なプラン内容の一部には、職業について考える講座や企業へのインターンシップと組み合わせた授業づくり、履修授業を決める際に学生一人ひとりの将来目標を教員が聞いて助言する取り組み、OGやOBにメンターとなってもらう企画などがありました。

この事業は就職課やキャリアカウンセラーが行う技術指導や就職先の開拓などを対象にしているのではなく、あくまでも大学教員が主体となって行う教育プログラム(授業)だったんです。
その背景には、若手社員の育成に難色を示していた当時の産業界から

社会人になる前の高等教育のなかで、社会にでても通用する人間力を伸ばすような教育をするべきだ

といった主旨の声が多くあがっていたとも言われています。(かあちゃんも、この事業に関わっていたことがあり、そのような声を各方面から耳にしたことがありました。)

結局、当初5ヵ年計画ではじまったこの事業も、2011年の東日本大震災、その後の政権交代により、2年で事業廃止となってしまったんですけどね。(引用元

その後は、大学内での取り組みとして継続したところもあれば、事業廃止にともない就業力授業も終了した大学もあったりと、ばらつきがありました。
はっきりとした成果が出せないまま事業は終わってしまいましたが、継続した大学の中からは、企業と大学が連携したグローバル人材育成授業がはじまったり、女性のセカンドキャリアやリカレント教育を対象とした単位取得可能な社会人向け授業を行う大学もでてきたり、10年経った今でも、キャリア教育授業は大学の中でも重要視されているようです。

人間力を育むことのほうが大切

つまり、企業や人材育成におけるロールモデル制度ができる前には、大学でも同じようなキャリア教育を行っていたということなんです。

●人間力を身に着けて社会に出てきてほしい、だから大学でも教育してほしい
●企業でも人材教育の一環として、メンター制度やロールモデルを設定し、社員にとって働きやすい環境を作る

これらによって、より明確なビジョンが描けるようになるのなら、制度も授業も取りいれた方がいいし、メリットになると思います。

ただ、個人レベルでみてみると、「それがあったから自己成長できた」と果たして言えるのでしょうか。これらはひとつのツールであって、その根幹となるものは、その人自身が本来がもっている人間力をどう活かしてきたか、だと思うんですよね。

自己肯定感をも包括している人間力って、大学生よりも以前、幼児期から思春期を経て育んできた年月の積み重ねだと、かあちゃんは思います。

ロールモデルという言葉そのものにちゃんと意味はあるのだけれど、それは経済社会の中における生産性向上に寄与するモノのように感じてしまう。

女性活躍も同様で、言葉や制度が先行すると、それは女性の意思ではなく活躍させられようとしているイメージになり、無機質なモノのように感じてしまう。

コンセプトやコンテンツを作ることも大切だけど、まずは一人ひとりがどう生きていきたいかを考えられる余白の時間と環境をつくることが大切かな、とかあちゃんは思いました。

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ロールモデル=人って誰が決めた?

仕事やキャリア形成とは別の話になるのだけれど、自分自身の人生のビジョンを明確にするためなら、人ではなく環境そのものをロールモデルにしてもいいのかなあって。
それはそれで素敵だなぁって思いました。

たとえば、フィンランドのサウナのように、めちゃくちゃ熱いのに、人を癒せる力があり、ときには相手の心をデトックスさせてあげられるような懐の広い人間になりたい、とか。笑

あとは、自分がいつもいる環境とは違うところにいる人に、意見を求めてみるのもいいかもしれませんよね。

たとえば、日々、小さな子どもたちの成長にかかわっている現場の保育者から、子どもたちと接するうえで大切にしていることを聞いてみるとか。
人を育てる醍醐味を教えてもらえるだけでなく、キャリア形成に欠かせない人間力を磨くヒントも得られるかもしれないですよね。

そして、その時に出会った小さな子ども、その子が自分にとってのロールモデルになるかもしれない!あり得ますよ。
あの小さな子のように、純粋な心を持ちたい、とか。

いろいろ想像してみると、自分の想像の世界のロールモデルはワクワク、楽しいですね。

最後はちょっと余談っぽくなりましたが、そのくらいの気持ちでイイと思います。

制度も人が作るモノです。時代によって変化したり、突然なくなってしまったりします。
作られた制度やコンセプトどおりに人は育ちませんし、成長もしません。
そこに必要以上に囚われたりせず、物事をあまり複雑に考えすぎずに、まずは自分を、そして身近な人を大切にする気持ちでいてください。
これを読んでくれている皆さんにも感謝です。

ロールモデルはあってもいいし、なくてもいい。
かあちゃんはそう思います。

また、次回まで、お元気で。ありがとうございました。

かあちゃんより

Text by Äiskä あいすか(Cheer up girls★かあちゃんライター)

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