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"生理バッジ"の違和感を考えてみた

大丸梅田店の取り組み「生理バッジ」がSNSで炎上している。

大丸梅田店は11月22日、「うふふガールズ」に代わる新ゾーン「ミチカケ(MICHIKAKE)」をオープンした。約893㎡のスペースには、生理用品、ハーブティーや漢方、セルフプレジャーアイテムなど、主に女性向け商品を扱うブランドが出店している。

それに先駆け、10月15日から、同店のスタッフは「生理バッジ」を付けているという。これは、着用者が今生理中であることを示すもの。バッジには、同ゾーンとコラボレーションしている漫画『生理ちゃん』のキャラクターが描かれている。

ミチカケPR事務局の担当者によると、バッジの目的は「生理であることをオープンにすることによって、(店員間で)気遣いのできるコミュケーションができるようにするため」。また、プレスリリースでは「来店客とのコミュニケーションツールになる」ともある。

現時点では試験的導入であり、バッジ着用も強制ではない。とはいえ、この「整理バッジ」のアイデアそのものに、SNSでは疑問の声があがっている。

今回は、このニュースについて

① 生理バッジへの見解
② 大丸梅田店のマーケティング

の2点で、個人的な考えを綴っていきたい。

◆"ピクトグラム"の本質は何か

この社会には、外見から判別しにくい問題を伝えるために、さまざまなマークが存在する。有名なものでいえばマタニティマーク、ヘルプマークなどだ。

これらはピクトグラム(絵記号)と呼ばれるものだ。上記のようなマークのほか、交通標識や案内図、天気図などの記号もピクトグラムに含まれる。

ピクトグラムの利点は、言葉の制限を受けずに情報を伝達できることだ。実際、ピクトグラムが日本に広まったのは、東京オリンピックを控えた1960年代。日本語を理解できない、訪日外国人を想定してのことだった。

マタニティマークやヘルプマークについても、逐一言葉で伝えずとも、視覚情報だけで援助を得やすくなることを目的としている。

逆に言えば、ピクトグラムが使用されるシーンには、視覚言語によって解決されるべき課題があるということだ。それがないとネガティブな事態が発生するリスクがある、あるいは、それがあるとポジティブな展開を期待できる、というように。

◆生理バッジの違和感の正体

では、生理バッジというピクトグラムには、どんな課題の解決を期待しているのだろうか。それは前述の2点だろう。

① 社内コミュニケーションの円滑化(店員間での気遣い)
② 来店客とのコミュニケーションツール

この2点について、私の想像の範囲でしかないが、考えてみたいと思う。

まず①について。大丸梅田店は、スタッフが生理時の労働環境において「店員間での気遣いができていない」という課題を認めているわけだが、具体的にはどのようなものなのだろうか。

これは私の個人的な予想だが、この"店員間"の一方は、生理問題について無知もしくは関心がなく、受動的な人物なのではないだろうか。「俺は関係ないんだから女がどうにかしろ」と思っている男性、あるいはひどい生理痛を経験したことがなく「生理くらいで甘えるな」と考えている女性。どちらにしても、想像力に乏しい人物だからこそ、相手に解決策(=生理バッジをつける)を求めるというアクションに繋がったのではないか。

ちなみに私は、どちらの人物にも会ったことがある。

トイレで腹を抱えて動けない私に「大丈夫?」「今日は早く帰りな」「引き取ってもいい仕事があるならもらうよ」と声をかけてくれた女性たち。あるいは、私が生理だと知らなくても、「顔色悪くない?」「無理するなよ」と声をかけてくれた男性たち。相手の様子から自発的なコミュニケーションをとれる、労ることができる職場であれば、誰も"生理バッジをつけさせる側"に立つ必要性はない。

逆に、PMSに悩み、産婦人科にも、精神科にも、そして会社の命令で産業医も訪れ、そこで「あなたがやれる治療は全部やっていると思うよ」と言われたにもかかわらず、「早く体調を整えて」と言ってきた男性上司もいた。この人にPMSのつらさなんてわかるわけないよな、と自分のなかで片付けたが、今思えば、彼は"生理バッジをつけさせる側"なのだと思う。

生理バッジは、解決策の1つになるかもしれないことを否定はしない。しかし、生理バッジによって配慮や援助を得やすくなるのだとしたら、そこにはそもそも配慮・援助の必要性がわかっている人間がいなければいけない。そして、それがわかっている人間がいるのであれば、生理バッジは必要ないようにも思う。

また、女性への気遣いという点でいえば、つらいのは生理中だけではない。生理前のPMSを含め、生理以外の期間でも不調を感じる人は多い。そのことから、生理バッジの取り組みには、女性のカラダに対する理解度の浅さを感じてしまうのだ。

以上が、①社内コミュニケーションの円滑化についてだ。

次に、②来店客とのコミュニケーションツールとしての役割を考えてみよう――と思ったのだが、私にはいまいち想像できない。

マタニティマークであれば「今、この人は妊娠中なんだ」という情報が伝達されたあとで、「席を譲ろう」「気分が悪そうだから声をかけてみよう」というコミュニケーションにつながる。

生理バッジの場合「今、この人は生理中なんだ」という情報は伝わるが、その次にどんなコミュニケーションがあるのだろう。

生理問題を扱う上で重要なのは、今生理中だという事実ではなく、生理で悩んだ経験や理解があるかどうかだ。したがって、今の生理バッジでは、来客のニーズに答えるようなコミュニケーションには繋がらないと考えられる。

とはいえ、生理の経験を視覚化・定量化することは難しいという気持ちもわかる。

この場合、私だったら、バッジには生理に関することではなく、誰がどんなソリューションを提供できるかがわかるようになっていると嬉しいと思う。例えば、「ハーブ検定〇級」「登録販売者」といった資格であったり、単純に「オーガニック製品に精通している」というような情報でもいい。そうすれば、「この人に相談してみよう」というコミュニケーション、さらに購買、顧客満足度にも繋がる

①②を総じて言える違和感は、課題に対する解決策として適切なのかという疑問だ。厳しい言葉でいうと、企業の自己満足では、と思ってしまうのだ。

その所感は、次のトピックにも繋がるものがある。

◆"コピペ"メッセージはいらない

私がこの問題からそこはかとなく感じとっているのは、ある種の卑しさだ。それは、多くの人が嫌悪感を示している要因でもあると思う。

つまりは、女性が真剣に悩んでいる問題を、そして今日の社会課題を"利用"しているだけなのではないか、という感情である。

企業が社会課題に取り組むことは、社会への影響力、企業イメージ、そして株主や投資家へのアピールとしても重要だ。実際、ヨーロッパから普及した投資の考え方「責任投資原則」においても、ESG要因(環境[Environmental]・社会[Social]・ガバナンス[Governance])が大事だと認められている。

企業の社会性をアピールする活動としては、環境保護、文化支援、近年ではセクシャルマイノリティへの理解を通じたダイバーシティの実現などがある。

そのような動きは、企業だけでなく政治家も同じだ。参議院議員の音喜多駿氏は、2018年12月のインタビューで、東京都のLGBT啓蒙活動について以下のように語った。

小池(百合子)知事も、もともとLGBTに関心はなかったと思います。そんな話は、立候補段階では公約にあげていませんしね。(中略)オリンピック&パラリンピックがあって、ダイバーシティ→LGBTへの動きが高まってきました。ムーブメントが可視化されてきたと感じます。それでも都議会や行政は二の足を踏んでいましたが、それに対し小池知事は「LGBTに今活動を向ければ支持を得られる」と気付き改革を始めたのでしょう。

このように、社会課題を利用することで価値向上を狙うというのは、企業に限らず政党でもよくあることだ。

それ自体はまったく悪いことではない。むしろ、それによって問題の認知度が高まったり、適切な措置がとられたりすれば、よりよい社会に近づくと言える。当事者も、そのリターンを期待して支持したり、支援したりする。重要なのは、企業・当事者双方のメリットのバランスだ。

では、なぜ大丸梅田店の件では卑しさが先立つように感じるのか。それは、そのバランスが大丸梅田店側に偏っているからだ。

以下は、大丸梅田店の店長・今津貴博さんのコメントである。

「百貨店はオワコンと言われて久しい。今大きなトレンドや流行がなくなってきている中、価値観が定まったマーケットでの競争を繰り返している。それが今百貨店が面白くなくなってしまった原因だ。日本では女性の性と生理は”触れてはいけないこと”という風潮があり、全てのお客さまが肯定的に受け入れられるものではないが、昨今のフェムテックブームの広がりもあり、その価値観は若い人を中心に変わりつつある。大げさなことを言うが、女性のデリケートな悩みのソリューションとなる売り場となり、市場に寄与できるのではないかとワクワクしている」

これを読んだ率直な感想は以下だ(あくまで個人的意見)。

フェムテック市場に参入するのは、今ブームだから。一番の目的は、社会問題を解決するためではなく、百貨店を面白くするため。安直に言えば、一儲けするため。そのため、"市場に寄与してワクワクする”のはあくまで大丸梅田店。今まさに苦しんでいる人の視点を想像するにいたっていない印象だ。

もちろん、ミチカケはまだ始まったばかりで、今後、興味深い動きや、ユニークなアクションが見られるかもしれない。上記のコメントはプレスリリース用にと、ジェネラルに直した結果かもしれない。

ただ、最初に提示するべきステートメントとしては、解像度の低さが否めなかった。なぜ大丸梅田店がそれをしなければならないと思うのか、それによってどのような社会を実現したいのか――定量的ではない、意義の部分が薄かった。

そのため、特に私は当事者なので、「この問題をマーケティングに利用しているだけなのでは?」と、卑しさを感じてしまうのだ。

今日、私たちはSNSなどを通じ、さまざまな企業メッセージにふれている。自分が当事者となりうるものについては、そのメッセージにもどづく広告やイベント、プロダクトを注意深く観察している。そして、それが本物のメッセージなのか、コピペのメッセージなのかを見分けることができる。

だからこそ、大丸梅田店が今後ミチカケの意義をとことん掘り下げ、真剣に社会課題と向き合ってくれたらと願っている。EMILY WEEKを始め、出店ブランドにはその熱量が高いところが多い。それを無駄にすることのないよう、そしてこの時代の流れを味方につけて、売り場をとことんプロデュースしてほしい。

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▼参考・引用文献
・WWD JAPAN「女性の性と生理にフォーカスした新売り場を大丸梅田店がオープン スタッフの“生理バッジ”も導入
・ねとらぼ「生理をオープンに――大丸梅田店「生理バッジ」に批判も 担当者に試験導入の理由を聞いた
・日本大百科全書「ピクトグラム
・ferret「6兆円もの市場があるってホント?今、話題の「LGBT」をマーケティング視点で徹底解説!
・JobRainbow MAGAZINE「LGBTは、政治対立の道具じゃありません。社会問題なんです。【音喜多都議インタビュー】
・Marketing-Schools.org「Diversity Marketing

Top Photo by Charisse Kenion on Unsplash