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GRAPEVINEを“科学”する-vol.4 「夏」-

「夏」というのは、田中和将という人間にとって重要なピースだ。その理由を紐解くのが今回の記事である。

こちらの記事でも書いた通り、歌詞における「夏」というワードの出現頻度は、ほかの「春」「秋」「冬」に比べて断トツだ。もう一度回数を記すと、

春:3回
夏:34回
秋:0回
冬:8回

となっている。

今回は、なぜこんなに「夏」が出てくるのか、書かずにはいられないのかを考えてみたい。

理由① 夏が好きだから

2002年7月3日にBARKSで公開された「ナツノヒカリ」のインタビューで、田中さんはこのように答えている。

僕、けっこう夏好きなんで。(中略)開放感あふれる季節だったりするじゃないですか、世間的には。でも楽しければ楽しいほど、時間が経つとなぜか遠いイメージがして……。毎年、そう思うんです。たかが昨年の夏とかでも、僕の記憶の中ではすごく遠い感じがする。そういう「はかなさ」と「楽しさ」みたいなもののバランスが、どうも好きみたいです。 

また、チケットぴあの「100Qインタビュー」では、夏休みの思い出についてこう答えている。

セミを獲ったり、市民プール行ったり。市民プールは今でも行きますけどね。子供の頃に暑くてツラかったことがあまり思い出せないんですよ。

子どものころは「楽しかった」夏。そして、世間的には「楽しい」季節である夏。それが、年を重ねると「儚さ」を帯び、一元的なものではなくなる。

2万字インタビューでは、田中さんは共同意識やメッセージ性のある歌詞への嫌悪を示していた。それは一元的な見方に対する「そんなわけはない」という意識だ。そういう意識を最も投影しやすいのが「夏」というモチーフだから、田中さんは「夏」が好きなのではないかと思う。

その証拠に、「ナツノヒカリ」は明らかに夏のシチュエーションだが、「夏」が登場するほかの曲は、儚さや切なさ、虚しさを際立たせるために「夏」を使うことが多い。その典型がこちらだ。

真夏に咲いた花は枯れて
あの日繋いだ手は解けて
誰かが言った 僕の所為だって
全てを変えた
まだ夢は見れますか? 君が何度も言ってた
頭の上に撒散らした 望みの彼方を見てた
伝えられるはずだった
君の姿を見てた
――「望みの彼方」より

ほかに「恋は泡」「through time」「風待ち」「REW」「放浪フリーク」「小宇宙」「1977」などもこの使われ方をする。

「夏」というモチーフが、儚さ・切なさ・虚しさなどを超越して使われるようになるのは、第3フェーズに入り、自己との対峙や内省を乗り越えたあとだ。

例えばほら
きみをに喩えた
武器は要らない
次のが来ればいい
――「Arma」より

理由② 子どもが夏に生まれたから

これはずばり「アイボリー」だ。2001年6月20日リリースの「discord」のカップリングに収録されている。

に生まれたのは
たいした事じゃないのだ
誰の歌だと思ってんだ
まあいいか
アイボリーに見えたのは
ホワイトが汚れたのだ
の写真をずっと持ってたら
こうなったんだな
が過ぎて
健康です

これについて、「音楽と人 vol.92」では、インタビュアーであるシミコーさんこと清水浩司さんと、このようなやりとりが繰り広げられている。

――「アイボリー」って曲は、誰が聴いても子供が生まれることを想定してみた歌で。これまでだったら、こんなこと想像すらしなかったわけじゃないですか。
「これはねぇ……何となく曲を作ってたら、ごっつい『ジュリア』みたいな曲ができてしまったわけですよ(笑)。これ、ジュリアン・レノンが生まれた時に、ジョンが書いた曲で。(中略)じゃ、たぶんそういう歌詞を書いたほうが、自分的に盛り上がれるやろうなーと思って」

つまりは、ジュリアっぽい曲に引っ張られてでてきた歌詞ということだが、そのあとに「リアルタイムを唄っている自分が、ごっつ気持ちええ」という発言もあるので、子どもが《夏に生まれた》のは間違いないはずだ(ちなみにこれは長女ではないかと思う)。

ちなみに、子どもに関するものにはこれもある。

また 汗流れた
また が走り去ってく様で
――「スイマー」より

ちなみに、子どもの誕生から、田中さんは自身の幼少期の記憶を含め、自己と向き合い始める。子どもの誕生は、単におめでたい・素晴らしい出来事以上に、田中さんの人生に落とされた影を色濃くすることになる。

理由③ 印象的な風景があるから

最後の1つは、確証はないので書こうか迷ったのだが、田中さんの心に深く刻まれた風景があって、それが夏だったのではないかと思う。

その部分が、抽象的な描き方をされながらも、顕著に表れているのがこの歌詞だ。

柔らかな手を放されて泣く夢
生まれたこの気持はどこに埋めよう

追われて辿着く場所を探してる
怖いけどそれは曖にも出せない

君や家族も 傍にいる彼等も
この街も あの
すべてはこの腕に抱かれていて
――「here」より

田中和将2万字インタビューまとめ(前編)」でもまとめたが、田中さんは幼少期、母親が家を空け、あげく兄と2人きりで過ごしていた時期もある。2万字インタビューでは、「何度も何度も、夜中に起きたら母親がおらんこと」が嫌で、そのときのことは「ほの暗いイメージ」だと吐露している。

そのパーソナルな心情を綴っていると思われる「少年」では、《夜 目が醒めた/なんとなく知ってたのさ 知りたくない事》という歌詞がある。

母親の《柔らかな手を放されて泣く夢》(here)を見て、《夜 目が醒めた》(少年)ら、「母親がおらん」(2万字インタビュー)ことが何度もあった。それがもしかすると、《あの夏》(here)だったのかもしれない。

そのほの暗い心象風景だけでなく、もしかしたら上京を決めた・した時期が夏だったとか、そういったこともあるかもしれない。とにもかくにも、田中さんの人生における重要なシーンは「夏」に起きたのではないか――証明する手立てはないのだが。

以上が、田中さんの歌詞に「夏」が多く出てくることの考察だ。

#GRAPEVINE #田中和将 #歌詞 #考察

「スキ」ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。
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sayu.

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