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私はまだ、書いている。

 5月18日は「ことばの日」。今年、私は初めてこの記念日のイベント運営のサポートに入らせてもらった。「ことばの日」に合わせて、noteで記事を募集する企画があった。テーマは「忘れられないことば」。
 このeliaのnoteでも記事を書いたけれど、違う方向からもう一つ。

自分を励ますことばたち

 「ことばの日」の企画の一つに、「ことばの日ラジオ」というポッドキャスト番組がある。私も番組で運営メンバーのお二人と話をする機会があった。その中で「ポジティブなことばだけでなく、衝撃を受けたことばが心に残っている場合もある」「ネガティブに感じられることばを糧にして、次につなげて頑張ったこともある」という話があった。

 私は「忘れられないことば」と聞いて、本の中の一節や講座で聞いた話など、感動したことば、心に残ったことばを思い浮かべていた。考えてみると、私の中にも違う方向で「忘れられないことば」があった。

殻を破る

 私は小学生の頃に物語を書き始め、中学生の時には小説もどきのものを書くようになっていた。高校でも大学でもいくつか書いていたのだが、形にならないまま終わってしまった。
 就職活動がうまくいかず、大学卒業後、契約の仕事に就き、文学記念館のような施設で働いていた。地元ゆかりの作家の先生が館長をし、文学を身近に感じられる場所だった。再び小説に挑戦し、地域の文学賞に応募した。その短編が入選し、小説を書いていきたいと思うようになった。

 しかし、その後は鳴かず飛ばず。ちょっと趣向を変えて書いてみよう、と思って出した作品に対して、審査員で施設の前館長でもあった小説家のM先生から、「あれは感心しない」とコメントをいただいた。今思うと、小手先で書いていたのだ。後日、先生が私について「殻を破るといいものが書けるのだが」と言われていたと人づてに聞いた。

 それから何年も経ち、小説家を目指していたはずの私は情報紙のライターになった。書く仕事に就けた一方で、小説からは遠ざかってしまった。その後転職して広告の仕事に携わるようになり、初めてコピーというものに挑戦し、講座にも通った。
 縁あって地元のコピーライターの方に勉強会を開いていただき、公募の賞にも挑戦した。もっと遊んでみたり、尖らせてみたり、今までの自分にないコピーに挑戦してみるといい、とアドバイスをもらった。私が書くものは、優等生コピーになってしまう。そういえば、情報紙の編集部にいた時にも、面白い書き方が苦手だった。ここでもまた、殻を破れない私がいた。

怒りも憎しみも糧になる

 コピーを学ぶために通った講座で、クリエイティブディレクターTさんの講義があった。コピーだけでなく、まとまった量の文章を書く課題があった。人は、文章の中で嘘をつく。それは本当のことなのか? そう問われ、私たちの書いた文章には、鋭い指摘が入った。
 文章を豊かにするのは、その人の経験。どれだけ豊かな感情を味わっているか。喜びや楽しさだけでなく、怒りや憎しみという感情も、文章を豊かにする。

 それまで、私は怒りや憎しみ、恨みや嫉妬などのネガティブな感情はよくないもの、抑えるべきもの、と考えていた。ポジティブなものだけでなくネガティブな感情を味わうことにも意味がある。人生観が変わるような衝撃を受けた。

 昨年、再びTさんのコピー講座を受講した。最初と最後に文章を書く課題があり、もう一度言葉と向き合った。ああ、今まで浅い人生経験しかしてこなかったなあ、と愕然とした。若い頃に、怖がらずにもっといろんなことに挑戦しておけばよかった。傷ついたり、傷つけたりすることも、豊かな人生経験になったはずだ。

 落ち込んでいると、こんな話があった。一人の人間にできる経験は限られている。本や映画などの作品に触れることも、自分の幅を広げる。そのためにも、多様な文体に触れるといい。それから、今まで読んだことのなかった作家の本や、見たことのなかったジャンルの映画にも少しずつ手を伸ばしている。

私は今も書いている

 noteを始めてから、仕事ではない自分の文章を書く機会ができた。昨年のnoteの「創作大賞」を機に、久しぶりに小説にも挑戦した。企画やコピーを学ぶ講座を受講した後で、コピーの公募賞に挑戦するだけでなく、文学賞にも応募した。また小説を書き始めたのが自分でも不思議だ。

 私が今勤務する会社は、その昔、小説が入賞した後にアルバイトをしていた会社。縁あって再び社員として働いている。先日、会社で社長から「Sさんは昔、小説を書いていたんだよという話になった」と言われた。私は曖昧に笑ったけれど、書いていたのではなく、今も書いている。

 しかし小説が書けたと喜んでいたものの、昨年の「創作大賞」も、いくつか挑戦した文学賞も、全て一次選考すら突破できなかった。「向いてないのかな」と弱音を吐いていたら、今年に入って、うれしい連絡があった。夏目漱石の小説の続きを考える、原稿用紙5枚程度の企画。小さな賞だけれど、入賞したと知り、とてもうれしかった。

たとえきれいな殻だとしても

 殻を破って、新しい世界へ。そう言うけれど、このままでもよいのでは、と思うこともあった。私の頭の中には、白く美しい繭のようなイメージが浮かぶ。美しく作り上げた殻なのだから、無理に破らなくてもよいのではないか。

 コピーも小説も、さらには人間関係も。私はどこかで守りに入ってしまう。一歩踏み出すのが怖い、挑戦的なことを書くのが怖い。人と深い関係性を築くことにも躊躇する。だからなかなか壁を越えられない。

 ちょっとだけ、殻を破って、今いる場所の一歩外へ。なかなかできずにいたこと、長年の思考の癖を、少しでも変えたい。忘れられないことばを思い出して、改めて考えている。

(Text: Shoko, Photos:Mihoko)©️elia

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