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「華麗なる派遣女子社員」 #働くステキ女子、発見!#Chapter3 

過去に『Oggi(小学館)』にて連載されていたものです。


#Chapter3 「華麗なる派遣女子社員」

 広告代理店に勤めていたとき、女性の総合職はほとんどいなかった。
いても結構目上の人。で、フロアには、7、8人の派遣の女子がいた。
仕事の内容や立場が違うから、どう接したらいいものかなぁと、入ったばかりの頃すごく戸惑った。年も近いのに、コピー頼んだりするの、悪いなあ、お茶とかもちょっとなぁ、と思い、コピーは自分でやっていた。陰で、あの子生意気、とか言われそうだったし、やっぱり話しかけづらいオーラが彼女たちからただよっていた。
 派遣女子Aさんは、人の扱いがうまく、上手に甘えられる人だった。いつも淡い茶系のやわらかいふわふわのニットを着ているイメージ。アクセサリーもパールが多い。ふっくらとした顔に切れ長の目はどこか令嬢というか、おっとりとした品のいいマダムを思わせた。
でも、言いたいことははっきり言うわよ、という気迫があって、帰国子女のそれに似ていた。
 あるとき、電話が鳴るのに誰もとらない。Aさんの島だったので、彼女を見たら何か下を向いて作業していた。何してるんだろうなあと思っていたら、変な匂いが漂ってきた。
これは…やっぱり!Aさん、真っ赤なマニキュアを塗り直し中だったのである。それはいいとしても作業をとめて電話に出る気配が一向にない。
ど、どして?
そんでもってこの微妙な空気。
ど、どうするの?
隣の島だけど、私がとったほうがいいのかな、出過ぎたマネ?隣の島には数人の男性社員が残っていた。私は一人おろおろしていたら、Aさんが立ち上がって、その島でちょうど暇そうに雑誌を読んでいた中堅の男性社員に言った。
「すいませ〜ん。わたしい、今、手が、コレなんでぇ、出てもらえますぅ?」
彼女は両手の爪を見せるようにして言った。
ネイル塗って乾かしているとこだからぁ、受話器とるの無理ぃ、っていうわけだ。
さあ、あの先輩なんて言うかな、怒るかな、と固唾をのんでみていたら、
「あ、そう」と言って、普通に電話に出ていた。
ま、出れる人が出ればいいってことなのかな。うん、うん、そうなんだな、と、まだ社会人になったばかりの私は自分で納得しようとしていた。
でも普通に考えると、仕事中にネイル塗り直してたの?おかしくない?ってわけである。
 ただ、不思議と、腹は立たなかったのだ。むしろ小気味いいじゃん、と、何だか痛快に思えた。どうしてなんだろう。
派遣社員だけど、そんなの関係ないもんっ。あたいたち、電話に出れないときもあるのよ!っていう小さな主張をしているように思えるからかな。
何でもかんでも頼もうとするのは大間違いよ!なめんな!みたいな。
私など、言いたい事もうまく言えなくて、すぐいじいじする。だから、ああいうふうに、心のままに、あっけらかんと電話に出るのを拒否するっていうのが頼もしく思えた。
 ある日、デスクで企画を考えていたら自分の前髪が気になった。目に入る感じがすごく苛つく。それが気になって集中できない。で、フロアにあったゴミ箱をひょいと持って、女子トイレに行った。
 鏡の前で、ゴミ箱を片手で胸の上で抱え、反対の手でハサミをにぎる。じょき、じょき、と、工作をするように前髪をカットしはじめた。
そこへ、Aさんが入って来た。一瞬、私の体は凍りつく。きっと眉をひそめられる、どうしよう!すると、Aさんは私の隣に来て笑った。
 「何してるんですか?」
仕方なく、前髪が気になって、と、答えると、Aさんはふき出して言った。
「やだ、もー、大宮ちゃん、切ってあげるー」
「え?」
大宮ちゃんって呼ばれた。今までは、大宮さんだったのに。嬉しい。
「ハサミは縦にいれるんだよぉ、もー、前髪ぱっつんになってるよ!」
すると知らないで入って来た他の派遣女子も集まって来て、黄色い声が飛ぶ。
「もうちょっと前髪つくったほうが可愛くない?」
「切っちゃっていい?」
「お、お願いします!」
派遣さんの間でアイドルなのかマスコットなのか、何かになった瞬間だった。
それ以降、私は自由に彼女たちにコピーやらお茶やらをガンガン頼めるようになった。彼女たちも率先して助けてくれるように。
そしてみんな私のことを、大宮ちゃんと呼ぶようになった。
 ある日、徹夜で仕事をし、会社に泊まった。最後のほう、眠くて、椅子を並べて眠ってしまった。朝、寒くてぶるっと起きると、ちょうど、派遣女子たちがやってくる9時過ぎだった。
「はい、これ飲んで」
差し出してくれたのはAさん。温かいクノールカップスープだった。
お、お湯で、溶かしてくれたんだ!
電話もとらないときあるのに!
 いつも自分でつくるスープより温かかった。すると彼女はいきなり私に告白
をした。
「将来、ハワイの人と結婚したいの」
「え?」
「ハワイが好きだから、ハワイに永住するために、ハワイの人と結婚したいの」
な、なんすか、それ。すごい理由。すごい計画的。
「だって、ほら 」
 パソコンの側面から、パーテーションの四方に隙間なくハワイの写真が貼ってある。ハワイの海、ハワイの人々、ハワイの食べ物。ハワイで埋め尽くされていた。
「本当に好きなんですね」
「そう」
 どうして好きなのかと聞くと、彼女は目をキラキラさせて言った。
「どうして?理由なんかないよ。だって、気づいたら好きだったの。ハワイのすべてが素晴らしいんだから」
 きっとこの人なら本当にハワイの人とうまく結婚して永住しちゃいそう…。でもどうやって、出会うつもりなんだろう。
「ハワイに遊びに行っては出会いを探す、みたいな?」
そう聞いてみた。すると、彼女は、ないないないない、といきなり手を振りながら大声で否定。
「現地の人っておっとりしててそういうのほんといないから。それにそんなに頻繁には行けないし…」
声のトーンがしおらしいので、真剣に考えてるんだなと思え
「だから、ハワイアンエアラインズか、アイランドエアーに就職しようと思って、今、勉強してるの」
 これまたびっくらこいた。なんて周到なんだ。なんて熱心なんだ。
そういえば、電話番の間によく、片耳にイヤホンをつけて片耳は聞こえるようにしておいて、英語の教科書を開いて勉強しているのを目撃したことがあった。
すごいなぁ、夢があって。こういう決して、面白いとは言えないデスク業務の中で、夢を持ち続けて、ルーティーンな毎日を生き生きとしたものにしている、
彼女の心のタフさに私は感動した。
電話番して、用件を聞いて、メモを誰かのデスクに置く。
外からかかってきた社員の電話をうけ、ホワイトボードに社員の行き先を書く。
派遣女子たちが、だるそうにホワイトボードに立って行くのが、正直、目に焼き付いていたし、そうなっちゃうのも仕方のないことだ、私なら手抜きしちゃう、と思っていたから、余計に嬉しかった。
「ハワイに移住したら遊びに来てね」
そう言ったときデスクの電話が鳴り、Aさんはウィンクして受話器をとった。
 それから1年経ち、彼女は契約が切れて退社していった。私も本格的に忙しくなり、次第に連絡はとらなくなっていた。
 それから11年が経った。その間、私は会社を辞め、フリーになって4年が経とうとしていた。
念願だった初めての著書『生きるコント』が出版され、新宿の紀伊國屋書店でサイン会が行われた日。私は来てくれた人、一人一人にお礼を一言い心を込めてサインをしていた。そして次の人の整理券をうけとって顔をあげたとき、ちょっと面喰らった。
その人はニコニコと笑って
「大宮ちゃん!」と言って手を振った。お母さんと仲良く腕を組んで笑っている。
「ずっとテレビとか雑誌とか見て、応援してたよー!」
 Aさんだった。服装も髪型も雰囲気もそのままだったけれど、場所が会社では
なくサイン会だったので、最初「なぜAさんがここに?」となんだかよく分からなかった。
でも不思議と11年の歳月は感じなかった。
久しぶり!連絡してくれたらいいのに、と言う私に、忙しそうだしいいの。
それより…と言い、本を鞄から出し
「サインして」
「もちろん」
 サインをしながら思った。今、彼女、何してるんだろう。おそるおそる聞いた。
「あの?今は、ハワイに?」
すると彼女は
「まあね」と 言ってにやりと笑った。
すごい!本当に実現したんだ!私は興奮して叫んだ。
「ハワイの人と?」
「まあね」と、またにやり。
「じゃあ、フライトアテンダントに?」
すると充実した顔で彼女は言った。
「ううん、それは違って。受からなかったからやっぱ、ちょくちょくハワイに遊びに行って。ハワイの人と結婚したの。それで今はまた、派遣やってるの」
「え?」
「ハワイでも、派遣の仕事、あってよかったわぁ〜」
そう言って彼女は私にウィンクをした。


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