権力・正義・虚構のトリレンマ

トリレンマというのは、三つのことを同時に満たすことができない、ということであるが、権力と正義、そして虚構というのは、そのトリレンマの状態にあるのではないか。

権力は力によりその意志を他者に押し付けるものであり、正義というのは主観的正しさであり、虚構は全てが真実であるとはいえない文学的構造であると言える。

権力と正義が組み合わさると、自分から見た正義を他者に力で持って押し付けることになる。それは排他的なものであり、主観的真実から外れた虚構は力により排除されるし、主観的真実の範囲内であればそれは虚構ではなく真実となる。つまり、権力と正義の組み合わせに、虚構の入り込む余地はないのだと言える。それは非常に息苦しい世界であり、独善、専制、独裁につながる。

一方、世界は虚構でできている、などと嘯くものもいるが、権力と虚構が組み合わさると、虚構が押しつけられることになり、当然正義は成り立たなくなる。強制力を持つ権力の下にある制度が全て虚構であるなどと言われたら、いかにして法を保つというのだろうか。そんな無法な世界はとてもではないが支持は保ちえまい。それは、隠蔽隠滅、合法的略奪、恣意的権力行使ののさばる世界となろう。

では、正義と虚構が組み合わさるとどうだろう。主観的正しさとそれに基づいた真実ではないことも含まれる虚構ということで、権力に結びつかない限りでニーチェ的な意志の力を持てば求心力につながるかもしれず、そうでなくても虚構の部分が個性となり、多様性の元となる。権力を伴えば、正義の押し付けかもみ消し等による虚構の変質により、正義と虚構の組み合わせという形は崩れる。

このトリレンマを見るのに興味深い例として、権力と強制性の関係について見てみたい。果たして、権力は強制性について議論しうるのか。権力が強制性を定義するときに、その定義された強制性自体強制となりうる。正義に基づいて強制性が定義されれば、強制性の非難という主観的正義ありきで強制性が定義されるというトートロジーに陥る。一方で、全てが真実ではないが文学的なストーリーとして強制性が悪であると定義するのならば、それは正義には反することになる。いずれにしても、自身が強制力を持つ権力が何らかの強制性を定義し、それを非難するというのは何らかの形で自己矛盾に陥ることになる。

この問題点をもう少し見てみると、権力が強制性を定義できるとき、社会が物理的力学に基づいて機械的に動いていれば、権力の強制性定義はギアの役割を果たし、そのバランスを恣意的に変えるという特権的立場を得ることになる。つまり、権力が強制性ありと判断したら、強制性があるのだ、という神の如き存在を生み出すことができるようになるのだ。そのような、誰にも制御できない特権を権力に付与することの危険性というのは理解されているのだろうか。そして、決して一枚岩ではない権力構造の中で、そのような特権があちこちで恣意的に行使されたとき、その結果について誰が責任を取りうるのか。

その影響を受けた例として、パワーハラスメントのようなことがある。それは確かに一般的にいえばよくはないだろう。しかしながら、どこからがパワハラに当たるのか、という線を引くのは非常に難しい。そんな中で、権力がパワハラであると恣意的に定義したらそれはパワハラになる、ということになれば、権力者が気に入らない会社の狙い撃ちにしてパワハラ認定する、ということも可能になってしまう。そんなことになれば、会社は権力者の顔色を窺わざるをえなくなり、果断な判断などできなくなってしまう。

その例として、取り立てて肩を持つわけではないが、ライブドア事件というものは挙げられても良いのだろう。詳しくは議論しないが、最初から狙いをつけられて追い込まれる、などということが罷り通れば、誰もリスクを取った決断などはできなくなる。リクルートとライブドア、もちろん全てが良かったというわけではないが、それに対する政治による干渉によって日本の起業文化は完全に息の根を止められたと言っても良いだろう。意志決定に対して権力が直接影響力を持つという流れを作り出したのが権力による強制性定義だったと言って良いのではないか。

権力が正義と虚構を併せ持ったかのように強制性を定義するという欺瞞に満ちたトリレンマ崩しは、日本社会から自分の意志による行動というものを消し去ってしまい、相互依存の澱んだ空気を作り出し、長きにわたる停滞を生み出したのだと言って良いだろう。そんな空気を打ち破るためにも、みんなが自らの正義感に基づき精一杯の虚構を膨らませて、人に押し付けることなく個性を出してゆくことで、権力による強制性定義というものの欺瞞を浮かび上がらせることが必要なのではないか。健全な正義と虚構の組み合わせこそが自由への道ではないだろうか。

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