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何気なく淹れたコーヒーに

 子どもができると、休みの日は子ども中心になる。もうそんな生活を何年もしてきたから、子どもがいない生活でどんなふうに過ごしていたのか、あまり覚えていない。

 我が家には7歳と3歳の男児がいる。長男が実家へお泊まりしている週末、次男だけを連れてどこへ行こうか。人がたくさんいるところは避けたい気分。そういえば、先日江古田に住んでいる友だちとランチをしたときに、結構かわいいお店がある町だと知った。江古田散策もいいかもね、というと夫が「いいね」と言う。雑貨屋巡りとか、カフェ巡りとかに全然興味なさそうな人なのに、東京生まれ東京育ちで土地勘があり、男子脳という特徴からか、江古田の商店街は云々……とぴんとくる様子。私とは、脳の作りが違う。私はそれまで興味を持たなかった場所のことは、1ミリだって覚えていないのだ。

 羨ましい脳の作りの違いについては置いておいて、次男を連れて江古田散策に行くことに。新桜台駅から降りて、商店街を通って江古田駅へ向かう。決しておしゃれじゃない“ブティック”。雑草がうっそうとしている美容院。社交ダンスホール。古き良きレコードショップ。今となっては触れることのない類いのお店の前を通り、そろそろお腹も空いたしどこかのお店に入ろうか、と少し路地裏に入ってカフェへ。ガレット(そば粉のクレープ)を出してくれるお店だった。

 私は過去にガレットにハマったことがあって、そば粉を買い、週末となればフライパンでガレットを作ってブランチしていた。長男がまだ小さい頃で、小さいガレットを作っても長男がまったく食べてくれなかったことを覚えている(長男はパンケーキだって食べない)。いつ頃から、ガレットを作らなくなってしまったのか。いつの間にかなくなってしまうことってたくさんある。お店の2階席へ上がり、注文してもなかなか出てこないガレットをのんびりと待った。

 やっとでてきてひとくち。具はとってもおいしい。生地は、私が作っていたものよりも、“そばっぽさ”が少なくて、クセのない味。以前は毎週のようにガレットを食べていたので、ちょっと味がわかることが嬉しかった。40年も生きていると、仕事だけじゃなくて、ちょっとしたことにも勝手に蓄積ができているのだと感じる。私は生ハムとラタトゥイユ、夫はアボカド。アボカドにわさびソースがかかっていて、絶妙だという。某サンドイッチチェーン店で具にアボカドを選んだときのアボカドソースはイマイチだったが、ここのアボカド×わさびはとてもよくマッチしていた。夫はアボカドとわさびの組み合わせが初めてだったようで、ひとしきり感心していた。

 店を出てまた商店街をブラブラすると、コーヒー豆の専門店があった。私はコーヒーが好きで、吉祥寺に住んでいた頃は比較的安くておいしい専門店で豆を購入していた。先ほど調べたら閉店してしまったらしい。いつも、あまりお客さんがいなかったからね。神戸に本店があるお店なので、またどこかで出会う機会があるかもしれない。

 コーヒー豆は自宅でおいしく保存するのがなかなか大変で、買ってすぐ、開けてすぐが一番おいしい。鮮度が味のかなりの部分を左右する。いくらおいしい豆を買っても、1カ月も自宅に置いておいたら、味が悪くなってしまうのだ。今は子どもが小さいこともあって日常のいろいろに気を遣うのも難しいし、こまめに買いに行くこともできないので、割り切って紙のドリッパー付きの個包装のコーヒーを飲んでいる。子どもが小さいうちは「手間を省く」ことの優先度が高まるものだ。

 でも、久しぶりにコーヒー豆でも買ってみようかなと考えた。酸味の強めな味が好きで、キリマンジャロを選ぶことが多い。ここにもキリマンジャロがあって、一番小さい100gを購入することにした。

「豆、挽きますか?」

「いえ、そのままで」

「ポットがあるとずっとおいしいよ」

 その前に、ポットを買おうか夫と相談していたのを聞いていたようだ。実は、ドリップコーヒーに適した、細くお湯を注げるポットは家にあるが、フタの持ち手が壊れてしまったので、その旨を説明する。

「ネジ閉めればいいんじゃないの」

 何にしても、ものすごくタメ口な店主。しかも、親しみ感じるタメ口じゃなくて、あまりにぶっきらぼうだ。まあ、いいんだけど。ネジになっているがゆるんできてしまう、ということを説明する。こういう店主がいるのも、こういう商店街の味なのかもしれない。

 翌朝、久しぶりに電動のコーヒーミルを引っ張り出し、豆を挽く。ガー、ガリガリガリガリ。ゴッゴゴゴリ。ああそうそう、こんな音がしていたっけ。1杯分だけ挽いて、1杯分だけドリップする。

 うん。ちゃんと淹れると、ちゃんとおいしい。それは、私が過去に試行錯誤してコーヒー豆のことを調べたり、いろいろな挽き方を試したり、ドリップの腕を(素人なりに)磨いたりしてきたからこその、味だった。過去に好きになったものって無駄じゃない。こんなに気まぐれで買ってきたコーヒー豆をおいしく飲めるくらいには、役に立っている。こういうときにしみじみ、年を取るのっていいなって思う。

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