栃尾江美(とっちー)

ライター&ポッドキャスター。noteでは創作、音声配信、コミュニティ関連など。役に立ったり、糧になったり、心が動いたりすることを書きたいです。詳細なプロフィールはこちらから http://emitochio.net

「初めてなのに上手い」「練習してる人より強い」と褒められることが多かった。自分でも喜びに感じていた。感覚的に、その褒め方はよくないとわかる。理論的に考えると「努力の結果よくなる」に価値を置かなくなるという弊害。さらには、才能や持って生まれたものに対して必要以上に憧れを抱いてしまう

コンフォートゾーンは少しずつ広がっていく

#コルクラボ というコミュニティのメンバーと一緒にやっている #コルクラボの温度 というポッドキャスト番組がある。

そこで、何度か著名な方にゲストとして出ていただいているのだけど。

この中には面識のあった方もいるし、なかった方もいる。ライターという仕事でいろんな人に取材オファーをしているものの、それはメディア名や運営元の後ろ盾があってのこと。

自分たちが立ち上げた(コルクラボという後ろ盾はあ

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チャレンジを伴うアドバイスに「なんか違う」って思ったとき、自分の哲学や軸から外れているからなのか、単にコンフォートゾーンの外だからなのか判断するのは難しい。前者ならやらない判断は本質的だけど、後者ならやってみた方が世界が広がる。的確な判断のために、軸を言葉にする必要があるのだろう

自分のつらさに共感してもらっても「でも、こう捉えれば大丈夫だから」と、無理してるわけではなく習慣でそう考えてしまう。ほんの少しの心の引っ掛かりを、思考や論理の力でなかったことにしてしまう。嫌な気持ちを認めると、それが必要以上に大きくふくらんで、誰かのせいにしてしまいそうで怖いのだ

辛くてどうにもならない渦中にいるとき、誰かに話したら少し楽になるけれど、それは水の中で一瞬息継ぎをするようなもの。ずっと心を楽にしてくれるわけじゃない。息のできない状況を変えなければ、苦しさが先延ばしになったに過ぎない。ただ、陸に上がるその時まで、息継ぎでつなぐしかないこともある

動いているときは安定するものだ。それはよく自転車に例えられる。ある程度のスピードを持って前に進んでいれば、ぐらぐらせずにいられる。逆に、停滞すると不安になる。スピードがないと、近くばかり見て安定しない。前に進んでなくてもゆったりと安定するためには、乗り物を変えなきゃいけないのかも