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激動の少年時代からプロボクサーを経て介護士へ。

先日、ディズニークラファンのリターンのひとつである「アナタのキャッチフレーズを3つ考えます」の支援をしてくださった大村さん。
元プロボクサーの介護士さんで、近々、介護のモヤモヤを解消するグッズをリリースするためのクラファンを予定中!
ということでそのお話と、とっても意外な大村さんの過去のプロフィールについてお伺いしました!

大村さんの日常

 大村さんはデイサービスのエリアマネージャーをされています。
“早朝から要介護の方のお宅に伺って施設にご案内し、生活介助をしてご自宅まで送る”
を基本に、ご家族からの依頼はどんなムチャ振りでもなるべくお応えしているといいます。

 例えば認知症のおじいちゃんおばあちゃんの通院に付き添ったら、なにかのきっかけで激高してしまいどなり散らすので、ふたりで警備室に保護されているから迎えにきてほしいや、

 認知症のおじいちゃんおばあちゃんを連れて買い物に出かけたが、外を歩きまわって疲れ果て一歩も歩けなくなってしまったので迎えにきてほしいなど。

 本来ならルールを逸脱した、大村さんでなければ出来ない判断をして利用者さんに寄り添ってきた…
 このような積み重ねが信頼となり、今ではとても頼りにされているそうです。

介護家庭のお悩み

 ご家庭に出入りするようになって利用者の方から聞くようになったお悩み。
それは、ご家族が認知症になったことによってお出かけ(食事やレジャーなど)に制限が増えてしまったこと。外に連れ出せばトラブルの可能性があるので、どんどん外出の機会が減り外からの刺激が減ることで、家にばかりいるようになると認知症がさらに進むという悪循環。

 これを聞いてなんとかしてあげたいと思っていたある日、しょうがい児をもつご家族につけるマークを広めている方に出会いました。
このマークの良い点は、しょうがい児のお子さんご本人につけるのではなく、ご家族がつけるという視点だったそうです。ご本人につけると、弱者ということにつけこまれて犯罪にあってしまうケースもあるのだとか。

ご理解いただきありがとうございますプレート(仮)の提案

 大村さんはこの度「ご理解いただきありがとうございますプレート(仮)」というグッズを考えました。私も見せていただきましたが「ご理解いただきありがとうございます」の文字とともに、動物をモチーフにお年寄りとサポートする人をキャラクター化したものが描かれています。

 こちらをご家族の方がつけてお世話をすることで、認知症の方が発する誤解を生むような発言や行動、または体臭(尿臭・便臭など)に対して(なにか事情があるんだろうな)と言葉に出さずとも察してもらえる一助になると期待しています。

グッズを普及させて救われる人を増やしたい

 たくさん苦労されているご家族を見てきているからこそ、その方たちが少しでも楽になり、社会から理解を得られるようにしてあげたい。
またご本人としては、人生の変わり目で出会った今の会社に対しても貢献したいという想いがあるようです。

周りがヤバい奴と思うほどヤンチャな少年時代

 私が知っている大村さんといえば、シャイで遠慮がち。あまりご自身のことは語らない優しげな方ですが、今回お話を聞いてびっくり。意外に激しい少年時代でした。

地元は神戸。今でも昔の自分を知る方に出会うと「よくちゃんと大人になったね」と声をかけられるくらいヤンチャだったそうです。その理由は「子ども時代、家庭環境が良くなかった」とご自身は語ります。お母様が小学五年生の時に他界され、お父様は暴力の塊のような人だった。そんな環境から、家が貧しくて引け目を感じていたので、ヤンチャな人とつるむことで一目置かれたかった。警察にもよくつかまりお世話になったので、今思うと不良は向いていなかったのでは?と振り返ります。お父様も大村さんが20歳の時に他界されました。

厳しい環境に置かれて生き方が変わった

 転機は建築関係のお仕事で東京に出てきた26歳の時。この時、以前からの夢であった「プロボクサー」になるべく都内のボクシングジムに通い出します。当時の会長からは「毎日来なかったらスパーリングもプロテストも受けさせない」と言われ厳しい環境で根性を叩き直されたことで生き方が変わったそうです。ジムでは昼は練習、夜はジムのトレーナー、休みの日は出稽古といって試合相手と打ち合いの練習をし、休みがない日々。相当タフな体力と精神力が養われました。この時の土台は全て介護の仕事で今に役立っています。

なぜプロボクサーを目指したのか

 何度となく後楽園ホールの試合に出てご活躍された大村さん。プロデビュー当時は12万円分のチケットを買い取って手売りし、売れ残ったら自己負担として賄っていたので、ファイトマネーはないに等しかった。
 また試合前になると怖くて(なんでボクシングなんてやろうとしちゃったんだろう)と毎回後悔するんだそう。それでも試合終了後には  ”生きている” という実感が湧いたと仰います。

2度目の転期・チャレンジャーとしての道のり

ある時、厳しかった会長の方針が変わり、違和感を覚えてボクシングをすっぱり辞めます。この時36歳。何件か他ジムのトレーナーへの誘いもありましたがもっと過酷な環境で自分を試したかったので、介護の道を選んだそうです。

ぜんぜん違う道を選んでどうでしたか?という質問に「今の仕事は、良い仕事だと思うし、やりがいを感じている」とボクサーに未練はないようです。
早くにご両親を亡くされている経験から自分の関わらなかったことをお仕事を通じて経験することで親孝行したいなど、たくさんの想いがあるとお見受けしました。

キャッチフレーズの発表とまとめ

大村さんの現在と過去をお伺いし、3つのキャッチフレーズを考えてみました。

① 逆境をバネに!
過酷な人生で養われたタフな精神と
ボクサー時代に鍛え抜いたタフなBODYで
高齢化社会のリングで闘う介護士チャンピオン

② 元ヤンプロボクサーから
地域のヒーローへ
ムチャ振り上等の介護のミカタ

③叩き込まれた根性とバイタリティを
社会へ還元。
生と死を見つめて命輝かせるファイター

おまけ
シャイで謙虚な優しいおにいさん
その正体はヤバいと巷でウワサだった
一触即発Boy♪

近々「ご理解いただきありがとうございますプレート(仮)」をリリースする大村さんのお人柄と人生のストーリーが伝わりましたか?笑

ぜひ応援をよろしくお願いします。

奥様とお子さん2人を支えるパパさんでもあります