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恋をあきらめるために〇〇〇を盗む話

人はいろんな匂いを発している

ひとはいろんな「匂いフェチ」です。チョコレートの匂いフェチもいれば、ほかの人がちょっと眉をひそめてしまうような匂いまでさまざまです。
匂いというのはいろいろあるものです。
たとえば我が家は犬を飼っているのですが、以前子どもが驚いてパニックになった時がありました。するとまだ子犬だった犬(柴犬)のテンションが上がってしまってパニックになっている子どもを噛んでしまったことがあります。
犬訓練士の方に聞いたら「人には興奮状態になると首のあたりからある種の匂いが分泌される。警察犬はその匂いを嗅ぎ分けて追跡するんですよ。子どもがパニックになった時、もしくはとても楽しくてテンションが上がってしまったときなどもこの匂いは分泌されます。すると犬は敏感にそれを察知し、抑えきれない興奮状態になってしまったのです」と教えてもらいました。
パニックになると分泌される匂い、ご存知でしたか?
ただし人間にはその匂いは感じられないそうです。
けれど、興奮が伝播しますね。たとえばコンサート会場。たとえば文化祭。
そういった興奮の伝播はこの匂いの分泌によるものかもしれません。

匂いと人間の脳の関係

匂いは人間の脳のダイレクトに作用します。嗅覚は人間の脳の中で本能的な部分にあたる大脳辺縁系に直接作用します。それは人間の五感の中でもっとも原始的な部分であるから(誕生までのあいだにすべての器官の中で最初に形成される器官が鼻と脳を繋ぐ器官であるから)。
そういえば『香水』という歌も2020年には流行りました。
匂いによって自分でも思っていなかった恋の記憶がよみがえる。
こういう香りと恋のお話は1000年前から数多くありました。『香水』を聞いたときむしろ一周回ってる!と驚いた方もいるかもしれません。それほどたくさんある恋と香りの話の中で、平中の名前で知られる平貞文さんの恋と香りは一風変わっています。
平貞文さんは清和天皇の時代にお父さんとともに平の氏を賜って臣下となった人。桓武平氏の始まりですね。
歌物語『平中物語』の主人公でもあり、とても色好みでありとにかく宮中でも外でもたくさんの女性とおつきあいしていることで有名。在原業平さんといろいろと比べられる人です。
『宇治拾遺物語』に「平貞文、本院侍従の事」に描かれている平中さんの恋と香りの話をご紹介します。

平中さんの恋

村上天皇の女房で本院侍従と呼ばれる女房がいました。こちらも大変モテモテの色好み。平中さんと本院侍従は時折文を交わす仲になりました。
そろそろこれは一歩踏み込んだ間柄になれるのでは?と平中が思っても、なかなかそこには踏み込ませない、一枚も二枚も上手の本院侍従。しびれを切らした平中はとうとう、大雨の日を選んで彼女のもとにいくことにしたのです!

ちなみに、大雨、を今と同じようにとらえてはいけません。昔はもちろん道路の舗装なんてされてませんでしたし、牛車ででかけるから、牛も従者もびしょぬれ。衣服は絹が基本ですから、濡れたら重いし、傘もないしそんなに気軽に洗濯なんてできません。そもそも、貴族が着る絹は大変高価で人々はその一着を大事に大事に着ていたもので、衣替えごとに衣服を新調できるなんて、天下の藤原氏だってそう簡単じゃない。通常は一枚の着物を着たおし、汚れたら染め直したり、仕立て直したりして着続けました。ですから濡らすなんて極力避けなければなりません。当時雨の日はじっと家にいるべき日であって、大した用事もないのに出歩いたりはしないものでした。

そんな日に本院侍従を訪ねたのですから「しょうがないなあ」「今日は泊めてやるか」という効果を狙ったのですね!策士…!!
土砂降りの雨の中を訪ねていったところさすがに追い出されるようなことはありません。しめしめ。平中が女の部屋に入っていくと薄暗い部屋の中、衣を伏籠の上にかけて香をたきしめている香りがなんともすばらしく、夢見る心地です。そこに本院侍従がやってきたのでずうずうしくも近寄ってあれこれ言いちょっと髪などに触ってみたりしました。そろそろよいだろうと思っていたら女が「あ、引き戸を締め忘れた」と言って上衣を残して出て行ってしまいました。上衣を残してほとんど下着で出ていったのだからそのうち戻ってくるだろうと思っていたらなんとそのまま朝まで戻ってきませんでした。
悔しいですね~。しかし、逃した魚は大きいのです。さらに諦められない気持ちになった平中は恋焦がれすぎて、もう、こんな思いをしいつづけるのはまっぴらだ!嫌いになってしまおう!
そのために「その人の樋すましの皮籠持ていかん、奪ひ取りて我に見せよ」という作戦に出るのです。
これ、どういう意味かといいますと、当時はトイレがなかったので部屋で用を足していました。いわば、おまるです。そのおまるを奪い取ってこい!!!と随身に言いつけましたという作戦です。おええ。

こんなことをしなければいけない随身も随身。情けなかったことでしょう。何日も張り込んで、ようやく奪い取りました!!!
平中が受け取り。中を開けてみると
とてもいい匂いがする。香りのよい薄布に包んであるではないか。彼女ほど素晴らしい人はこういうのを捨てる時も気を使うのか。
と意を決して中を開けると沈香、丁字を濃く煎じて入れた液体(丁子はいまでいうグローブです)に、薫物(練香)と呼ばれる香を練って丸めたもの(だいたい香木や炭で練るので黒茶色です)をごろごろたくさん入れてました。それはそれは天にも昇る心地のような香りです。

でしょうね。天にも昇る心地の「樋すましの皮籠」をつかまされた平中、
その液体をごくりと飲んで、これはとてもとてもかなわない、と本院侍従をあきらめたのでした。
それ飲むの?!

本院侍従のほうが100枚くらい上手でしたな。平中はその後香をたくごとに(それは毎日のことですから)このことを思い出して、ああ、恥ずかしい。と思い続けたとのこと。
匂いフェチもほどほどに。。。

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