見出し画像

コットンの浮気現場コントで覚える「演繹」「帰納」「アブダクション」

この記事にはゴールがひとつある。それは、この記事を読み終えた貴方が、演繹・帰納・アブダクションの3語を「使える言葉」にすることである。

この3語は、これまで人生のどこかですれ違ってきた単語ではないだろうか。今後は、貴方が「演繹する」「帰納的に考える」「アブダクションする」といった語彙を、自然に使いこなせるようにしたい。また、貴方の語る論理が、その3つのうち、どれに当てはまるのか、自身で解るようにしたい。(というより、私がそうなりたかったので、学ぶために、この記事を書いた)

「演繹」「帰納」「アブダクション」

この3つは、いずれも論理的思考の方法を表す言葉だ。学問の分野としては「論理学」の用語にあたる。論理学は、哲学の一分野で、文字通り、論理の体系を研究する学問だ。義務教育では習わないにもかかわらず、これらの語に聞き覚えがあるのは、これらの言葉が、主にビジネスや学術研究で使われるからだろう。

※ちなみに私自身も論理学はまともに学んでおらず、完全なるエアプである。論理学で、あと知っている用語は、対偶論法だけだ。(対偶論法とは「命題が真のとき、対偶もまた真」という件だ。これだけは、数学の教科書にも載っている)

■1. 演繹とは「論理のドミノ倒し」である

まずは演繹だ。演繹法とは一般法則を、事実に当てはめ、そこから結論を導く思考方法である。

例をあげたい。

演繹的な推論の例

昨晩の浮気を隠そうとする男が、部屋で考える

<一般法則>人間は、部屋に長時間滞在すれば、床に髪の毛を落とす
<事実> 浮気相手である金髪ギャルは、昨晩じゅう部屋にいた

→<結論>この部屋には、金髪の髪の毛が落ちているだろう

コットンのコント「証拠」を元に筆者作成

この例文は、お笑い芸人コットンが、キングオブコント2022で披露した「証拠」というコントを元にしている。自室で浮気をした男が、証拠隠滅を図ろうとするストーリーだ。

このケースでは「長時間滞在」という一般法則の適用条件に、事実があてはまったので、「金髪の毛が落ちている」という結論が導かれた。これが、演繹的推論ということになる。

そして、見ての通り、これはただの「三段論法」でもある。三段論法は、演繹法の一部なのだ。演繹法は、それを発展させ、四段でも五段でも展開できる。なので、演繹法は「論理の、ドミノ倒し」に例えられる。

また演繹法には、反証の隙がない。100%間違いない論証だ。前提条件となる、一般法則や事実に誤りがない限りは、誰が考えても同じ答えにたどり着く。金髪ギャルの長居は、必ず浮気の証拠を残すのだ。

■2.帰納は「共通点探し」である

続いて帰納だ。帰納法は、演繹法とは逆に「事実」を集めて、そこから「一般法則」を導く思考方法だ。シンプルに「経験則」と言い換えてもいいかもしれない。

帰納的な推論の例

<事実1>男は、部屋に香水の匂いがこんなに残っていても気づけない
<事実2>男は、電話やLINEの履歴を消し忘れる
<事実3>男は、急に本命の彼女が家に来ると挙動不審になってしまう

→<結論>男の浮気隠しは、脇が甘い

出展:同上

※コントの設定上、男女の異性愛者に対して、はなはだしい偏見に満ち溢れているが、あくまで例文だと思って許してほしい

複数の事実から、共通する特徴を取り出して、より一般化した法則を導く。それが帰納法だ。

また、ここから導かれた一般法則を使って、次の演繹に当てはめることができる。この例でいえば「男の浮気隠しは脇が甘いので、この男は彼女との会話のなかでも、ぼろを出しているはずだ」と類推できる。

帰納法は、完全ではない。結論を導く過程で類推を含むので、正確さは類推の精度による。また、精度は、サンプルの量にも依存する。事象があとから追加で見つかれば、結論が変わることもある。

たとえ不完全であってもビジネスのシーンでは、この「帰納」による類推がよく用いられる。情報が不完全な状態でもスピード優先で判断をせざるをえないことが多いからだ。

ちなみに、高校数学で「数学的帰納法」という言葉を習ったかもしれないが、残念なことに、数学的帰納法は、帰納法の一例ではない。非常にややこしいのだが、数学的帰納法は、帰納法ではなく、演繹法なのだ。きっとこれが、人々の理解を妨げている。(私もそうだった)

■3.アブダクションとは「仮説のひらめき」である

最後にアブダクションだ。アブダクションは、日本語で言うと「仮説形成」になる。結果から原因を推測する手法。まず結果としての観測事実が先にあり、それに対して、妥当な説明を見つける作業になる。

アブダクションの例

ある男の部屋にて‥
<一般的な法則>家飲みで「ほろ酔い」を買うのは女だけだ
<事実>この部屋の冷蔵庫には「ほろ酔い」の缶が入っている

→<結論>昨晩、この部屋に女が来たに違いない

出展:同上

ひとつめの「演繹的な推論」によく似ているが、因果関係が逆であることがポイントだ。
演繹は、原因をもとに結果を予想している。
一方、アブダクションは、結果をもとに原因を予想している。

ビジネスの現場だと、ユーザーが残した統計データをもとに、原因を仮説立てて話すときによく使われる。アブダクションもまた、類推を多く含むので、その精度はまちまちだ。

結果から原因を類推するものは、おおよそすべてアブダクションだ。例えば、全ての推理小説において、推理過程はある種のアブダクションだといっていい。

■「演繹」と「帰納」の語源を辿ろう

・金髪の毛が落ちているだろう‥と恐れるのが、演繹
・浮気男は脇が甘い‥の一言で全てを片付けるのが、帰納

無理やりコントの文脈を結びつけることで、少しでも記憶に残りやすくしてみたが、そもそも、どうして、この言葉は、こんなに覚えにくいのか。それは、どちらも生活の中で聞きなじみがないうえに、文字面が内容を表していないからだ。「演繹」と「帰納」という文字から想起されるイメージというものがない。

また訳語も災いしている。英語でいうと
・演繹は、デダクション(deduction)
・帰納は、インダクション(Induction)
となっており、もとは対になっている言葉であるが、訳すに際して、その対構造が消えてしまっている。(日本語の語源も読んでみたが、正直理解できなかった)

演繹と帰納という言葉は、18世紀に西洋文化が入ってくるのに伴って、西周が作った訳語らしい。彼は西洋哲学の翻訳における功労者で、西洋哲学用語は、彼が訳す際に作った和製漢語が多い。たとえば「芸術」「科学」「意識」「概念」など彼が作ったものだ。21世紀までその功績は残っている。

だが、いかんせん演繹と帰納については若干、才気走りが過ぎて、いまいち流行しなかった感がある。せめて対になる言葉にしてほしかった。ベースボール用語を日本語化した正岡子規が、愚直にバッターは「打者」、ランナーは「走者」と訳したのを見習ってほしい。

■上司に「論理的に話せ」と怒られた時の対応

ビジネスシーンでは、コミュニケーションが論理的であることが、たびたび求められる。上司に「論理的に話せ」と怒られている部下は、今この瞬間にもどこかにいるだろう。だが、その上司もまた、おそらく論理学を習ってはいない。この場合の「論理的」とは、ビジネス用語におけるロジカルシンキングを指しており、上司が本当に言いたいのは「因果関係を示しつつ話せ」ということだ。

ただ、ここまで見て分かる通り、論法に含まれている「帰納」や「アブダクション」には、類推が必ず混ざる。そこには個人差が出てしまう。部下にとっては自明の類推であっても、上司にとっては納得しかねる内容かもしれない。また「演繹」も、元来はずれる余地がない論証だが、前提条件が一致していなければ、同じ答えは導かれない。例えば、前提条件となる一般法則が、帰納法から導かれていた場合、結局、類推を含むことになる。

人によって導かれる結論に差が出る、そのこと自体は仕方ない。人の論証には必ず、一定の「事実の間違い」や「一般法則の飛躍」が混ざるものだ。どちらかというと事態を悪くしているのは、「論理的思考を使えば、必ずひとつの答えになるはずだ」(ならない場合は、一方の思考技術が不得手である)という思いこみの方だ。論理とは決して、隙間なく並べられた歯車のように固定的なものではない。山の渓流のように、外因の変化に応じて日々揺れ動くものなのだ。

* * *

もしあなたが上司なら、部下を「論理的でない」と非難するのは、今日からやめよう(自戒も込めて‥)

また部下も、自分の思考技術を疑うのはやめよう。その場合は、きっと、部下の思考技術に不備があるのではなく、上司と部下で前提条件となる事実認識や一般法則が違うだけなのだ。それを解消するためには、まず「当たり前のことでも、順に言葉にして、確認しながら対話する」しかない。その過程で「前提条件のギャップ」が見つかるだろう。

「え?『ほろ酔い』って、男なのに飲む人いるの?」

相手が、驚いた顔でこう言うかもしれない。それが「前提条件のギャップ」だ。



<参考文献>

演繹、帰納、アブダクション
https://corp.chipper.co.jp/media/1374/
https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/0310/24/news001.html
https://ferret-plus.com/5631?page=3
https://math-fun.net/20191228/4633/

数学的帰納法
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=68448
https://wakara.co.jp/mathlog/20200729

語源
https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/100gaku85
https://note.com/sleepy_summer_n/n/n264a15954c83

※言葉のニュアンスが正しいか、また例文が相応しいかは、厳密な確認は行えていません。もしお詳しい方で、誤りに気づいたら、ぜひ指摘いただきたいです。

サポートも嬉しいですが、フォローしていただけるのが何より嬉しいです。よろしければ