世界で一番レアなレコード

世界で一番レアなレコード、それはどれか?

頭の中が中学生マインドなレコード好き(つまり、ぼくのような)がしそうな話題だが、じつはこの問いには正解がある。世界で一番レアなレコードはどれなのか、それはもう決まっている。存在するけど、おそらく今後永久に、市場やオークションでお目にかかることはないし、何億円払っても手に入れることはかなわないだろう作品。

1959年、そのレコードは世界でただ一枚だけプレスされた。

なんだ、テスト盤とか、そういう類の話かよ、と勘違いされるかもしれない。そうではなく、そのレコードはある女性のために、一枚だけプレスされ、やがて彼女の元に届けられた。

その女性とは今も91歳でイギリスの君主を務めるエリザベス2世。そして、彼女のために曲を作り、それをただ一枚だけプレスして献上したのが、デューク・エリントン。レコードのタイトルは「女王組曲(The Queen's Suite)」という。

「デューク・エリントンが、1958年10月イギリス・ヨークシャーのリーズ市で開かれた芸術祭に招かれ、臨席されたエリザベス女王が、特にエリントンと長く対談されたことに感激、帰国後その答礼として『女王組曲』を作曲、自費でたった一枚だけLPをプレスして、女王に献上したことは広く知られている」(油井正一さんによるライナーノーツより引用)

そして、生前のエリントンは、この音源の一般向けのリリースを頑なに拒否していたと油井さんは書いている。

だが、いまこの曲を収めたレコードは、比較的容易に手にはいる。エリントンが74年に没したその3年後、77年になってパブロ・レコードから「女王組曲」と、生前未発表であった他の2組曲(「グーテラス組曲」「ユウィス組曲」)も収めたアルバムとして発売されたからだ。

また、レコード化していなかったとはいえ、エリントンはこの「女王組曲」の中から「バラのひとひら(The Single Of A Rose)」をコンサートの最後に、自分のピアノだけで演奏していたという。

とはいえ、このレコードのオリジナル・プレスは世界に一枚、英国王室にだけ収蔵されている。それがもし世に出るようなことがあったら、英国王政の転覆とか、世界の終わりにつながるような話だ。それとも、その盤を盗みだすという話、「ルパン三世」に向いてないか? できれば音源がおおやけになる以前にあってほしいエピソードだから、「ルパン」のファースト・シリーズの一本として、あってほしかった。

それから「エリントンも、まあ、あんなおばあちゃんに惚れこんで」と考えるのは大きな間違いで、謁見が実現した1958年、女王はまだ32歳で、当時の写真を見ても、本当に聡明でおうつくしい。さすがに直接的な恋愛の対象(ナンパ的な)として作曲をしたわけではないだろうが、いくらでも妄想のふくらむ話ではある。

エリントンの自伝は『A列車で行こう』というタイトルで80年代に晶文社から発売されているが、じつはその本の原題は『Music Is My Mistress』という。油井さんは『女王組曲』のライナーノーツでは、その書を『音楽はわが愛人』と直訳で紹介していた。生きた時間が近い分だけ、その訳のほうがなんとなくリアリティがあると思うのは、この巨人に失礼だろうか。

なによりも「あのこのために曲を作る」というのは古くからの音楽のモチベーションのひとつだし、「気になる人に自分の好きな曲をカセットで(MDで/CD-Rで/プレイリストで)届けたい」という経験はだれしも思い当たるし、いまでもかたちは変わっても続いてると信じたい。そして、その究極を女王とエリントンがやっていた。

尊敬してます、大先輩。デューク・エリントン。

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