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4月物語

          

「四月物語」
1998年。監督:岩井俊二 

主演 松たか子 田辺誠一


満開の桜並木。
ピンクの花びらが雨みたいに降り止むことなくあとからあとから舞い落ちる。
そんな光景をみて思い出すのは「四月物語」という映画だ。
松たか子演じる女の子が大学進学を機に東京へとやってくる。
初めてだらけの日々。
ぎこちなくて不安で、だけれども伸びやかな主人公の初々しさに、思わず自分の「あのころ」を振り返ってしまう。
横浜にほど近いのどかな町「白楽」は、
私が大学時代に通った場所だ。
ここが都会だとは思えないほどのどかな商店街を通り大学までの道のりを歩く。
坂道や階段がたくさんあるのが横浜の(神奈川はわたしにはすべて横浜である)特徴だ。それらが町のなかを蟻の巣みたいに縦横無尽に走っている。
坂の上からの景色はたそがれるにはぴったりで、よこはまたそがれという曲ができたのも納得できる。
そんな横浜での大学生活が始まった。
大学名物のサークル勧誘、引っ張て連れていかれた野球サークルに入ることになってしまった。
生まれてこのかた野球を真剣にみたこともなければ何人でやるかすら知らない。
主人公もまたまったく興味のない釣りサークルに連れていかれ入部した。
はじめてだらけの世界に放り出されて戸惑いながらもたくましい主人公みたいに、わたしも自分であることだけを頼りに世界を味わっていた気がする。
くんくんとにおいをかいで穴をほったり、しっぽをゆらしたり、動物みたいに原始的な衝動でもって新しい今をなぞっていく。
目の前には登場人物がどんどん現れて、たくさんの新しい名前を覚えた。
町にも人にもなじんできた頃、わたしの四月物語は幕を閉じた。
この映画は薄ピンクの霞のような四月の光と、わたしたちの内の小さなざわめきを、これっぽっちも逃さずに真空パックしている。
その封をときどきあけて、四月の空気を思い切り吸い込んで吸い込んで、吸い込んで。
わたしの身体はすべてさくら色に染まってしまう。
映画の冒頭の桜の雨が、エンディングでは本物の雨になる。
人の心にもずっと降り続くものがあるとしたら、延々と続く日々から落ちてくる思いでの雨なんだろうと思う。
ちなみに四月物語の影響で雨の日の赤い傘も、武蔵野という地名も未だに大好きすぎて胸が焦がれる。

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