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僕が榊原彗悟のユニフォームを買って、ACLを観に横浜へ駆けつけるようになるまでの話。



1 サッカーとの出会い

 そもそも、僕の生家にはサッカー観戦の習慣はなかった。別に僕がインドア派だとか運動嫌いだとかそういうことは特に関係なく、単純に親が巨人ファンだった。「スポーツを観る」なら、サッカーより野球だったのである。今思えば、東京ドーム以東の23区では、あまり身近なJリーグのチームというのも難しいが(もはや味スタよりも千葉チームの本拠地の方が近い)。
 野球という競技そのものも、僕にとって比較的理解しやすいスポーツだったのもある。身近なスポーツにしては珍しいターン制バトルであり(フェーズを時間でも得点でもないものを目処に規則的に区切る競技を僕はあまり知らない)、集中を保ちながら応援できる、ほどよい競技だった。

 そんなわけで、実家を出る前の僕にサッカーを観る機会はほとんどなかった。僕が見たことあるサッカーの試合は、テレビで観る代表戦を除けば弟友人家族達と見に行った2009年頃のFC東京VSジェフユナイテッド千葉戦(@国立)だけだった。敗北したFC東京に立ち上がって大声でブーイングするおじさん達が子供心に恐ろしかったことだけを覚えている。(余談だが、この出来事のせいでジェフがJ1にいなかったことはJリーグを観始めた2023年でいちばんの衝撃だった)
 長らく僕にとってサッカーの印象はそれだった。盛り上がる得点シーンがいつやってくるのかもわからず退屈で、それを追っている人間も過激で恐ろしいコンテンツ。皆が皆そうでなかったとしても、少なくとも「起きていることを理解する技術知識」と「敗北に怒れる熱量」、どちらかあるいは両方を必要とするのだなと、当時から僕は理解していた。サッカーを「追う」彼らへの忌避意識は無かったとしても、「彼らにはなれまい」と思う自分はそのコンテンツに敷居の高さを感じていたように思う。


2 マリノスとの出会い

 2023年、当時から互いの家に入り浸る仲だった地元の先輩がマリノスサポーターだったことがすべての始まりだった。その日は先輩がカレーを作るというのでおこぼれにあずかりに行ったのだが、先輩は珍しくパソコンを開いて何かの動画を再生しながら料理をしていたので、思わず「それは何だ」と聞いてみた。
 それはDAZNの中継で、それはJリーグ2023の開幕戦、横浜FマリノスVS川崎フロンターレ戦だった。
 幼少期の記憶から一転、僕は思わず見入ってしまった。

 インドア派でろくに筋肉もついてない、という註はつきつつ、僕は身長170cm・体重60kgとまあ一般成人男性の平均的な体つきレベルの体格をしていると思っている。
 それとまあ、(筋肉量とかで言ったら天と地ほどの差があるんだろうが)タッパや四肢の長さじゃどっこいかせいぜい僕を多少上回る程度の身体しかない男達が、僕の感覚では想像もできないようなバランス感覚でボールを制御し、得点をせんとしている。その過程が、もうびっくりするくらい面白かった。
 デタラメ人間の万国びっくりショーだった。

 一度日産スタジアムに連れて来られた後は、もう止まらなかった。
 2023シーズンのJ1リーグ第7節を観に行ったのが、初めて生で観る横浜F・マリノスの試合だった。

 ハイライトだけでも十分伝わるだろう。もう、これで味を占めてしまったと言っても過言ではない。こんな試合を生で見て興奮しないわけがなかった。その後は毎試合というほどではないにせよ、月1ペースで横浜に足を運ぶことになる。
 七月には国立でのシティ戦も観に行ったし、専ら平日だったACLもカヤFC戦だけはたまたま日程的に都合が合い、横浜まで応援しに行った。名古屋や京都はアウェーも観に行った。夏頃からは気がつけばチャントも7〜8割覚えてしまっており(聴覚優位なのでこれが早かった)、定期的にある配布ユニフォームを着込んで横浜に向かう僕は一年ですっかりマリノスサポーターの道に入り込んでいた。


3 榊原彗悟との出会い

 ボール運びやプレイングの技術に感嘆し、試合に盛り上がりはしても、そもそも特定の選手を気に入ってマリノスのゲームを観始めたわけではない僕は、暫く経っても選手の顔と名前すらほとんど覚えられなかった。先輩の観戦時の様子から薄々察してはいたものの、個人によって得意とするプレイングや役割は異なってくる。だから、よりゲームを楽しむためには「選手を覚えること」がほぼ必須と言えた。ここが僕には少し難しかった。
 僕がまともにマリノスのゲームを観始めたのは四月頃。夏前までは覚えている選手なんて、せいぜい最初に覚えたロペスと喜田さん、それから先輩の口によく上っていたマルコスと宮市くらいのものだった。
 それ以外の選手は、例えば綺麗なゴールを決めた選手はそれまでにも何度か試合で見ていればそれがきっかけになって覚えられるのだが、FW以外の選手や毎試合出場しているわけではない選手についてはなかなか難しかった。横浜へ向かうようになった当初、ホーム戦の帰りにアクスタガチャで植中朝日とエドゥアルドを引いて素の顔で「誰?」と思った、という失礼極まりないエピソードもある。ちなみにエドゥは先輩からの複数回の解説を受けて覚え、朝日きゅんは第19節で覚えた。SNSはフォローしていないが。

 夏頃まではなんとなく「その時々でのスーパープレイが観られれば楽しい」程度だったのだが、秋以降のACLやリーグ戦終盤にかけて『勝ちに強くこだわる』選手やサポーターの様相を見るようになって、「やはり眼前の事象(ゲーム)と選手の情報が紐付いていて、結果をある程度期待しながら観る方が楽しいのだろう」と感じるようになった。そこで僕が事象と選手を紐付ける方法として考えたのが、『推し選手を作る』ことだ。
 推し候補は二人いた。マルコス・ジュニオールと、一森純。ただし、マルコスはそれを考えた矢先に広島へ移籍し(彼の広島デビュー戦はちょっとだけBSSの様な気分を味わったものだ)、一森も(観始めた当初は理解していなかったものの)期限付き移籍で加入している選手のため、翌年1月以降は移籍元に戻っている可能性が高いと知らされた。という訳で、第一回『推し選手を作って選手個人に着目する機会を得よう』作戦は失敗した。

 榊原彗悟と出会ったのは、そんな秋の日のことだった。


 時は2023年10月、J1リーグ第30節、スタグルのステーキサンド片手に神奈川フィルハーモニーの演奏に感じ入ったりパンプキン仕様のマリノスケに盛り上がったりしながら始まった、VSコンサドーレ札幌のホーム戦。
 いつもは得点に絡むパスワークばかり気にしてみている僕が、途中で中盤の選手に目が留まる。
 何故かはわからないが、すごく綺麗にボールを運ぶ選手だと思った。ボールに関わる動きで、「すごい」と思ったことは数あれど、「綺麗」と思ったことは先述のマルコスのプレー以外ではほぼ無かった。あれ? こんな選手いたっけ? まだまだ名前、覚えられてないもんなあ。ふーん、35番、榊原彗悟選手か。覚えとこ。

 そして11月、ACL、VSカヤFCアウェイ戦。先輩が寝こける横で(もうこの頃には自発的にマリノス戦を観る様になっていた)DAZN中継でマリノスの様相を見守っていたのだが、そこで目に留まったのがまたしても35番だった。改めて映像で見るとどちらかと言えば華奢な体躯にも見える彼は、やはり綺麗な動きをしていた。
 得点に絡んだ訳でもないのに二度も目を惹かれたことで流石に気になって、前回は叶わなかった(日産スタジアムに行くと試合開始後はスマホは重くてほぼ使えない)その場でスマホでの選手情報検索を試みて、そして衝撃の事実に気づく。
 「あれ!? Jリーグ戦初出場って、こないだのやつ?!」


 僕は考えた。「榊原選手は、推し選手とするのに最適なのでは?」
 マリノスの下部組織(この辺の仕組みはまだよくわかっていないが)からプレーしていて、このチームに対する強い愛着がある、まだまだ若手の選手。チームレベルで応援していると移籍等の事情で『単推し』が難しいコンテンツに対し、今後も「横浜F・マリノス」というチームのレベルで応援をするつもりでいる自分にとって、移籍などの「リスク」が低く、妥当な人選となるのではないか。

 だが実際には考える余地もなかった。
 『もっと榊原のプレーが観たい!』


 「来年も同じペースで観戦するならいっそファンクラブ入ったら?」と言う先輩に釣られゴールド会員になった僕は、新横浜で2024シーズンのユニフォームデザインを見たその日、すぐさま購入を決めた。
 こうして僕は、マリノスサポーター、榊原彗悟選手のサポーターとなったのだった。


4 そして

 2024年4月13日、VS湘南ベルマーレホーム戦。たまたま先輩も僕も暇な日で、「じゃあホーム戦だし観に行くか」と軽い気持ちでチケットを取り、僕はいつものように35番のユニフォームを着て新横浜へ向かった。そして朗報は突然やってきた。
 「サカキ、スタメンだってよ!」

 諸般の事情で連戦を強いられていた状況だったマリノスが、頻繁にスタメン起用しているメンバーを休ませる?目的で、全体的にいつもとは異なる采配をした結果のようだった。
 サッカーの戦術論とかはまだ全然わからない僕だが、そのわからないなりの感想として。去年、榊原のプレーを観ていた時は「ボールを奪って/相手を躱して前へ運ぶ」などの動きはすごく綺麗にこなす選手だ、と思っていた。だが同時に、その先にいる「ゴールに繋げるマリノスのネットワークに接続する」というのがあまり機能していない気がするな、とも思っていた。
 榊原のスタメンに沸き立つ気持ちの反面、その「マリノスネットワーク」を持っているように見える選手各位を下げてのスタメン起用ということで。果たして榊原は活躍できるのか? と、一抹の不安を抱えて新横浜行の電車に乗り込んだ。


 ……で。後はもう、皆様におかれましてはご存知の通り。榊原は、きっともう誰が観てもわかるくらいの大活躍だった。
 今まではどちらかというと攻撃の中継地点で使われているような印象があったのだが、今回はおそらく攻撃の起点側で起用されていたのだと思う。いろいろと巧いと感じたプレーはあったけど、そうした中でも特にボールの割り当て(一度動かしてそっちが通らないと見た時の再アサインみたいな動き)をあのすごく綺麗な動きでこなしていたことが、良い感じに「マリノスネットワークの起点」になっていた感じがあって、とても良かった。

 本当に、観ていて楽しかった試合だった。
 榊原彗悟を見つけたおかげだった。榊原彗悟が居てくれたおかげだった。榊原彗悟の「綺麗な」サッカーを、僕が信じて、彼がそれに応えてくれたおかげだった。
 良い土曜日だった。


 僕は今、この記事を書きながら、新横浜に向かう電車に乗っている。
 今日はACLの準決勝。榊原彗悟が、多くのサポーターが応援に来ることを信じ、「それに応え、次に進むために頑張りたい」と述べた、大一番。それを応援するために、僕は新横浜へ向かっている。

 もしかしたら今日も、フィールドを舞う榊原のプレーが観られるかもしれない。それは正直、かなり観たい。
 だけど、それだけじゃない。
 僕は確かに、誰に教わるでもなく、榊原彗悟のするサッカーを「綺麗だ」と思った。そのサッカーをもっと観たいと思った。でも、サッカーは一人でやっている訳じゃない。マリノスとしてのサッカーがあってこそ、榊原彗悟はサッカーができる。それを、あの時彼を知ってから、彼の言動の端々から、僕は少しずつ学んでいる。
 その「マリノスのサッカー」が今、アジアの最強クラブ決定戦の決勝に、手をかけようとしている。それは、僕にはまだよくわかっていないけれど、もしかしたらすごいことなのかもしれない。
 そうだとすれば、その結末をこの目で見届けたい。そうだとするならば、一人でも多く「マリノスのサッカーに勝利を求めるサポーター」が可視化されることがプレーヤーの糧になるのならば、行くしかない。
 昔は理解できなかった、クラブを応援する心理も、少しずつ理解できるようになってきた。もちろん、この結果が敗北だとしても、彼らの戦いにブーイングを突きつけるつもりは全くないけれど。



 これは、サッカーをほとんど知らず、サッカーを点が入らなければ退屈なスポーツだとまで思い込んでいた僕が、榊原彗悟のユニフォームを買って、ACLのホーム戦を応援し・この目で見届けるだけの為に平日夜の新横浜へ駆けつけるようになるまでの話。

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