13歳

 13歳が死んだ。従兄妹たちの中で一番最後に生まれてきたその子は、みんなからお姫様のように大切に大切に扱われ、おそらく自分をお姫様だと思っていたと思う。僕のことが好きで、祖母の家に親族が集まった帰りは二人でかけっこをしたがるので緩やかな坂道を何度も革靴でかけのぼった。

 アニメが好きだけど恥ずかしがり屋で、もじもじしながら「なかくんは…なんのアニメ見てるの…?」と聞いてくるのがかわいかった。僕はメイドインアビスとか、吸血鬼すぐ死ぬとか答えて、間に入っていた伯父さんの事前チェックによって却下された。お姫様は怖いものも、下ネタも見ない。

 彼女が死んだのは、兄の結婚式の直前だった。馬鹿みたいにおめでたいイベントの裏で伯父夫婦はその冷たくなった亡骸の前で途方に暮れ、一週間、その死を隠した。幸せな時間を壊さないように、欠席理由を適当にでっちあげることも出来ずにただ責められた。
 式の数日前、「理由は言えないけど来られないんだって」と憤る母に、「オーバードーズじゃん?」と僕は軽く言った。軽く言ったけど、一つの可能性として考えていた。それをあるわけない冗談とも、ありうる悲劇とも思っていなかった。ただ淡々と、そういうことがあるかもしれない、と思っていた。

 結果として、オーバードーズではなく、事故だった。電話口でそのことを告げる母は泣いていて、僕は「そう」とだけ言って電話を切った。涙は出なかったし驚かなかった。悲しいとも思わなかった。母の涙が一体どこからくるどういう感情のものなのかよく分からなかった。
 終わったんだな、と思った。彼女は、13歳は、14歳になれなかった。これから僕らの年の差はどんどん開く。彼女はお姫様のまま、大人にならない。
 一人で静岡にいるせいか、雨靄の向こうに山々をぼんやりと眺めているせいか、一切の現実味がわかなかった。すべてはフィクションのようで、僕は現実とフィクションの区別をあまり重要視していない。
 僕はそのうち彼女をフィクションの中に隠すだろう。大事なものは、大体そうやって隠してきた。

 秘密が秘密なのは、誰かに話すとそれが現実になってしまうからだ。だから今、ここに書いておく。僕がフィクションにしてしまう前に、彼女がいたことを、現実だったと、誰かに。