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もっと賢くなりたいと思った話。

2週間ほど前、卒論のポスター発表が終わった。
私はこの日をとても楽しみにしていた。
自分の研究成果を大勢の人に聞かせる機会だったから。

「私はこんな事を成し遂げたんだ」
「他の誰より研究を頑張って来たんだ」
と、胸を張って発表した。
優秀賞を手にするのはこの私だと自信満々だった。

私は、大学2回生の時、いじめられ地に堕ちた。
全てを失った。
友達も単位も健康な精神も眠れる体も何もかも。
だから、私をいじめた人達を見返そうと血眼になって今まで頑張って来た。

優秀賞をとる人は一人ずつ、研究テーマと名前が呼ばれていく。
私の名前はいつ呼ばれるのかとワクワクしていた。

でも、呼ばれなかった。
私の嫌いな人達ばかりが表彰されていく。
いじめて来たあいつも、絶対に負けたくなかったあいつも呼ばれたのに。
笑顔で表彰状を受け取るあいつら。

表彰式の後、そのまま飲み会が行われたけど、私は呆然と立ち尽くしていた。
指導教官はそんな私を見て「こんな狭い所で表彰貰っても意味が無い。もっと広い所で発表して表彰状貰おうぜ」と私を励ましてくれた。

違う。
私はこの“狭い所で”優秀だと認められたかった。
でなければ意味が無かった。

あいつらの前で、私の名前を刻んでやりたかった。
「お前らなんかより立派な研究をして来たんだクソが」
と言ってやりたかった。

飲み会の最中、学生特有の気持ち悪いノリが始まった。
浴びるように酒を飲み、大声をあげ、肩を組み、群れていた。
ああ、気持ち悪い。
私は缶ビールだけ持ってその場を去った。

食堂で飲み会が行われていたので、研究室フロアには誰もいなかった。
研究室で一人ビールを飲みながら、記憶を辿った。
私はどこから負けていたのか。

一人になった途端、糸が切れたように号泣していた。
酒も入っていたし、誰もいないしと思って結構な声量で泣いていたと思う。
静かに泣く事なんて出来なかった。
泣きながら何度も自分の太ももを殴った。

悔しかった。
自分の不甲斐無さに腹が立った。
悔しくて泣いた事なんて、今まであんまり無かったから感情のコントロールが上手く出来なかった。


私がこんなにも優秀賞に拘っていたのは、いじめて来たあいつらを見返したいと思っていたのともう一つ理由がある。
私の指導教官に表彰状を見せたかった。
地に堕ちた私に手を差し伸べてくれた指導教官に、優秀賞をもってお礼したかった。

私の指導教官は、私ともう一人の女の子の計二人しか指導していなかった。
もう一人の女の子は元々、別の教授が指導していたけど、途中から「この教授ではやりたい事が出来ない」と言い、私の指導教官の前で涙を見せたらしい。
私の指導教官は「じゃあ俺が見てやる」と言って、前々から見ていた私に加えて彼女の事も見る事になった。

彼女は他の研究室の先生からも「優秀だ」と褒められるほど真面目な性格で頭が良かった。
友達も沢山いて、私には無いものを全て持っている。
毎日朝から晩まで大学にいて、実験していた。

私は醜い女なので、彼女に対して嫉妬心を抱いてしまった。
はじめは憧れだった。
「彼女みたいに優秀だと他方面に認められたい」
「彼女みたいに友達に囲まれたい」
純粋な憧れがどんどんドス黒くなっていく感覚を鮮明に覚えている。

彼女が優秀賞に選ばれ、表彰された後、指導教官に表彰状を見せていた。
とても良い笑顔だった。
彼女と指導教官の背中を遠く遠く離れた部屋の隅から見ていた。
彼女が持つのは表彰状。
私が持つのは缶ビール。

彼女が優秀賞を貰える10人のうちの一人である事は始めから分かっていた。
ポスター発表の時、私の隣が彼女だった。
彼女には既に聴衆が大勢いた。
彼女に比べて私の研究テーマは興味がそそられるものではなかったのだと悟った。

あんなに聴衆が沢山いたのに彼女は「まさか自分が優秀賞に選ばれるなんて思ってもみなかった」と指導教官に話したらしい。
彼女は謙虚な心の持ち主だったようだ。
私とは違って。
どんだけ出来た女なんだ。

彼女も今の指導教官の下で大学院へ進学する事が決定している。
指導教官はどういうつもりなのか、私の前で彼女を褒め散らかす。
私にはそんな事言った事無いのにね。
遂には「お前も彼女のようになれ」と言われた。
今まで直接言われた事無かったけど、「お前は彼女より格下だ」と突きつけられたような気持ちだった。

もう萎えた。
私はあと2年で彼女を追い越す事は出来るのだろうか。
彼女に負けたくない。
負けたくない気持ちは宇宙にも届きそうなほどあるのに、私の身体は動かない。
鬱になってる場合じゃねえんだよ。
私が朝起きる事も出来ず、風呂にも入れず、ただ布団にくるまっているだけの間にも彼女は前に進んでいるんだ。


とか愚痴っている私も彼女に票を入れた。
その1票差で私は負けたのかもしれないけれど、彼女のポスターは素晴らしかった。
そう認めざるを得なかった。


私は本当に情けない。
馬鹿だな。
多分一生彼女を追い越す事は出来ない。
多分これからも友達出来ない。
一生いじめられたトラウマを抱えて生きていく。

でも、私は賢くなりたい。
せめて頭が良くなりたい。
頭さえ良くなれば、私をいじめたあいつらより優位な立場に立てるだろうか。
頭さえ良くなれば、優秀な彼女を越す事が出来るだろうか。

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