見出し画像

5章-(2) 伯母さんの名言

次の日、伯母さんの大きな荷物が2つ届いた。1つは布団類と座布団3枚、シーツやカーテン。もう1つのダンボール箱からは、衣類の他に、台所用品が細々といろいろ出てきた。

「うちが毎日使うとるもんでねぇと、やりにくいけんねぇ。包丁、まな板、フライパン、布巾、花瓶、圧力釜・・どれもあっちで眠らせとるより、使うてやった方が、道具も生き返るというもんじゃ」

みゆきまで、嬉しくなった。卵焼き器もちゃんと入ってた。ひとつの小さいフライパンで、きれいにできずに、炒り卵にしてたのだから。

「おいしい物が食べられそうな気がしてきた!」
と、みゆきが思わず声に出して言うと、伯母さんがコロコロ笑った。

「そげんね、ようし、うまいもん、作って食べて元気になろうな。死ぬちゅうのは、旨いもんが食べれん、ちゅうことじゃな、とある時気がついてな。どうせ生きとるんなら、うまいもん食べちゃらにゃ、とはっきりそげん思うたんじゃ」

死ぬとはおいしい物を食べられないこと、なんて思ったこともなかった。 伯母さんは6歳の息子と、ご主人を海で一度に亡くした人だもの。哀しい 思いをした人なのだ。明るい笑顔で、人助けをいっぱいしているのは、哀しみを忘れるためでもあり、自分が生きていくために、前を向いて歩こうと、決めているのかもしれないと、みゆきはそんなことを感じていた。

自分もひどい目にあったけど、周りには、エイもあきさんもよしのさんも、それぞれに辛い目にあっている。生きていれば、どうしてもいいことばかりではなくて、辛い事に出くわすことになるのだ、とも思えた。みゆきは今、そのひとつにぶつかってしまったのだ。そのたったひとつで、落ち込んで 潰されそうになってるなんて・・。

長与町にいた頃は、立派な家が建ち並びよその家の中の様子は見えず、どんな暮らしをしているかも知らないままで過していた。ここでは、あきさんの家のように、縁側の戸を開け放して、通りから狭い家の中まで見えてしまう。暮らしぶりも、貧しさも仲のよさも見える。

みゆきは新しいことを、日々学んでいることに気づくようになった。さっき隣の真鍋さんが伯母さんを招じ入れて、みゆきが帰るまでお相手してくれたことも、初めての体験だった。

「ここは買物は便利でええねぇ。お向かいじゃが。ほんなら、みゆき、いっしょに夕飯の買物に行こう」

みゆきはうなずいて、買物かごを持った。ママの冷凍品もほとんど食べ尽くしていて、伯母さんの登場はほんとに有り難い助っ人だった。

伯母さんはすぐに冷蔵庫を開けて、ぐるっとひと目見渡し、近くのダンボール箱の中の野菜を確かめた。

「ろくにありゃせん。玉ネギ、じゃがいも、ニンジン、ニンニク、ショウガは必ず買うとかにゃ。今日はうちのおごりじゃけん、必要品を思いきり買うけんね」

伯母さんは前かけのポケットに財布をつっこんで、自分の風呂敷を掴むと、みゆきの背を押しながら、スーパーへ向かった。

野菜売り場から、次々選ぶと、調味料を、次に肉類と卵と牛乳を、最後に 魚売り場にまわった。

「こんなに買ったら、多すぎるわ」                 「いいの、ちゃんと考えとるんじゃ。今夜はロールキャベツと、ビーフ  シチューとどっちがいい?」                      「おばちゃん、そんなのできるの?」
「できるけん、言うたんじゃ。ひとりで作りゃ、何日も食べることになる けん、めったに作らんけど、こういう時に作りゃ、自慢の腕がふるえるじゃろ、ハハハ」

おばさんはビーフシチューにしよう、とつぶやいて、牛のすね肉を安くたくさん買った。それから思い出したように言い足した。         「うちの人も息子もこれが大好きで、お代わりしとった。昔々の話じゃ」

ほんとに何十年も前のことなのだ。おばさんは毎朝続けていた〈ごはんと お茶〉を供えていた仏壇を閉じて来てくれたのかもしれない、とみゆきは 思った。おばさんがいとおしくなって、その腕に寄り添うように、甘える ように顔を寄せた。 

伯母さんと並んで、料理の手伝いをした。みゆきがジャガイモをむいたり、ニンジンをカットしている間に、伯母さんは肉の下準備をして、圧力釜で 炊き始めている。

「台所仕事は面倒じゃろ」                       「そんなことないよ。伯母ちゃんとやってると楽しい。ひとりと違うもの」「ホホホ、嬉しいこと言うてくれるが・・」

これから、学校から帰っても伯母ちゃんが待っていてくれて、買物も夕食 作りも、寝るのもいっしょなのだと思うと、みゆきはひとりでに顔も胸も ほっこりしてくる。何でも受け止めてくれそうな、頼りがいのある人だ。

夕方父は帰って来るなり、家の中のおいしそうな匂いに感激の声を上げた。

「伯母さん、よく来てくれたね、あっちのけじめをつけてくるの、大変だったんだろ。感謝感激だよ。この通りです」
と、父は畳に手をついて、おばさんに深く頭を下げた。

「口上はもうええけん、さっさと着替えて、手を洗うて、ごはんにしよ。 みゆきとうちの特製ビーフシチュウじゃけんね」

父は顔中で喜び、大急ぎで作務衣に着替えて準備すると、席についた。

サラダにワインに、伯母さん持参のナスのぬか漬けも並べてあって、3人で乾杯した。みゆきはリンゴジュースに、ほんのちょっぴりワインを入れて もらって。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?