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ツナギ8章(3)家造り

八木村行きの子どもたちなどの見送りを終えて、洞の前に残った者たちは、てんでに長いアシの束や、干し草の束、じっちゃが編み終えた縄の束、石斧に鉄斧、石包丁などを手に、家造りへと向かった。ツナギは干し上がったばかりの麻を両腕に抱えきれないほど抱えていた。じっちゃの側でいっしょに縄編みするつもりだったのだが、家造りの現場を見たい気持ちを抑えられなかった。

道々、オサがこう言った。

「骨組みはほぼできているが、細木のある限り、垂木 (屋根の支えに、棟から軒先に渡す長い木材) をなるべく多く入れて、丈夫な屋根にしよう。雪になる前に、屋根だけは、とにかくすませておかねばな。これは大仕事だぞ。わしも手伝うが、モッコヤを頭に、ふたりのカリヤと4のオリヤ、それと若い連中だ。ゲン、シオヤ、カリヤ、トナリの息子たち4人はいいな。もう  一人前だからな。まずは垂木だ。その後、垂木にアシや草や土を縛りつけたり塗りつけたり、屋根に仕上げる。手順をよく見ておけ。そうやって、お前たちも作り方を覚えていくんだ」

ヤマジが言い添えた。

「オレらは屋根の上までは上がれんで、材料を手渡すだな。シオヤとナメシヤに、トナリってことか。シゲもだ。ツナギはまず、その麻で縄造りをすませる、手伝いはその後だ」

「言い足してくれて助かるよ。今日は日が暮れるまでぎりぎり続けよう。 昼飯は女たちに頼んでおいた。あと半月で外側だけでも、なんとか仕上げねば・・」

オサは空を見上げた。青空はほとんど見えない曇り空だった。この雲が厚くなれば、雪が舞い始め、仕事は途切れることになる。

仕事場に着くと、皆いっせいに動き出した。ツナギは骨組みの外側から少し離れた場所に、丸太を据えて腰を下ろし、麻縄をない始めた。

モッコヤは自分で作った4台の梯子のうち、1番長い梯子を床の真ん中に立て、屋根のてっぺんの棟木(むなぎ)に立てかけ、先に立って、梯子を上り始めた。オサも続いててっぺんまで上り、ふたりは棟木にまたがって腰を落ち着けると、下の若者たちに指図した。

(実際はずっと横長で倍の広さ。描ききれず)

「さあ、ゲンとシオヤは山側を、カリヤとトナリの息子は窯場側に垂木を 渡せ。わしらは上はしを縄で縛るから、お前たちは案配を見て、真ん中当たりを桁(けた)に結べ」

ゲンとシオヤは麻縄を肩に巻き、モッコヤが作った短い方の梯子を桁に掛け、伝い上ると桁にまたがった。シゲやトナリが下から差し出す、細くて 長い木は、桁まで引き上げるにも、しなって重い。ふたりがかりで、なんとか桁から棟へと渡そうとするが、細木はふらつき、ふたりはぐらついて今にも落ちそうになる。

ツナギはあぶない! と声を上げそうになって、目をそらさずにはいられな
かった。

カリヤとトナリの息子たちは、がっちり組の体格のせいか、ぐらつくこともなく、ふたりで細木を軽々と差し上げて、棟のモッコヤに渡すことができた。モッコヤが棟木に上端を縛りつけ終えると、木の中程をカリヤたちが桁に結わえつける。はずみがついたように、こちらは順調に進んで、調子よく垂木の数が増えていく。

オサがゲンたちから、やっと1本細木を受け取った頃には、モッコヤはすでに3本並べて結び終えていた。

一方、梁(はり)に上ったふたりのカリヤと4のオリヤは、それぞれに短くて丸い細木を受け取って、合掌組 (小屋組で2本の木材を山形に組み合わせたもの)  の間(あいだ)の横木に縛りつけていく。屋根との間の3角形に残る隙間は、煙出しになるのだ。

ツナギは手元では麻縄を編み続けながら、全身で皆の動きを見守っていた。ヤマジたちは下で丸木や細木を選びわけている。長い細木はなるべくゆがんでいないのがいい。桁の上のカリヤたちを待たせないよう、間(ま)を置かずに差し出してやらねば・・。そして短い丸細木は梯子を上って、トナリとカリヤの合掌組に手渡すことになる。

ようやくゲンたちもなんとかコツをつかんだらしい。少しずつ垂木が増えていく。ツナギはちらちら見上げながら、わくわくする。この調子で行けば、オサの希望通り垂木を増やして、その上にアシや草で屋根を仕上げることができるだろう。

ツナギは洞で生まれて、ずっと洞に住み慣れていて、洞ほど安心できる住まいはないと思っていた。でも、この新しい家造りの手伝いを始めて、感じることがあった。はだかの丸木の匂い、床(ゆか)の土の肌触り、通り抜ける風の体感、なんと気持ちのいいものだろう。堅く冷たい岩ばかりの洞の中とは別の、より森に近い、森の中にいる感じを全身で味わえる気がした。

自分がいつか洞を出るとは考えられないけれど、ひょっとして出なくてはならなくなったら、それはそれでやっていける、と思えるのだった。

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