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4章-(3)御嶽山・結城の言

バス停「御嶽駅」から西東京バスに乗って、10分ほどで「ケーブル下駅」へ着き、下りた。ここから「滝本駅」まで少し歩くと、右手上に「ケーブル」の線路が見えてきた。

「ここからゆっくり歩いて約1時間行けば、御嶽山の頂上に着く。あそこの鳥居をくぐって〈参道〉を道なりに行けばいいから、簡単なんだ。さあ、行くぞ」

須山先生のかけ声で、一行は進み始めた。

鳥居の右手前に見事な「神代銀杏」が見え、鳥居をくぐってすぐの左手に「杉の大木」があった。その大木の前に「参道の杉並木」についての説明  パネルがあった。

江戸時代初期に整備され、山頂まで3キロの杉の巨木並木は、霊山の荘厳  さを感じさせる、と記されていた。幹まわりが6mの大木が、600本以上あり、樹齢は300年を超えているそうだ。

「歩き易い道だねえ」と、あちこちで声がしている。
すべて舗装されていて、登山靴よりスニーカーの方が楽そうだ。

「木の1本ずつに、番号がついてるよ」
と、結城君が目を留めて言った。登っていくほど、数字が若くなっていく。
「これだと頂上のスギに、1番の記号がついてるんだね。確かめてみよう」 

楽な道とは言われたが、傾斜があるので、香織は結城君の足取りに合わせると、息を切らすことになる。それで、自分の速さで歩くことにしたら、結城君もゆっくり足になり、少しずつ前の人と離れてきた。後ろにはもっと遅い人たちが、数人いた。何かを熱心に話し合っているのらしい。

結城君が、後ろとの間を見てから、ジャンパーの胸の深いポケットから、 姉の封筒を取り出し、香織のリュックの背中の深いポケットにさし込んだ。それから、低い声でゆっくりと小さく話し出した。

「おねえさんは大変な立場だね。それより、亡くなったジェインのご両親がもっと大変だなあ。ここまで責任逃れを言う相手から、賠償金を得るのは、至難の業だよ。この男、確信犯だ。自分の側がコンドームとか、避妊の手順は何もしなかったんだな。そのことには、まったく触れず、相手への愛情とか思いやり、身を守ってやる気持ちが、感じられない。言い逃れだけは並べ立て、卑怯者だ、軽蔑するよ。でも、そんなことを、ここでわめいたって、志織さんには、何の助けにもならないとわかってる。ジェインにも落ち度があるなあ。どうして、ひとりで堕ろすと決めてしまったんだろう。相手の男に話して、2人で育てられないとわかってから、男といっしょに病院へ行っていれば、男の主張を破れるのになあ」

香織は今聞いた言葉の中で、「男の側が、避妊の手順をなにもしなかったことに、触れてない」「相手への思いやりがない」「言い逃れだけ並べてる」と、結城君が指摘した部分が、強く心に残った。そのことだけでも、おねえちゃんに伝えてやりたい、とその時思った。
それらが、裁判の助けになるのかどうかは、わからないけど、おねえちゃんが証人台で何か言わなくてはならないとき、言ってみるのはどうだろう。 陪審委員の人たちが、頷いてくれるかもしれないもの。  

「男は自分が原因で生じた結果を、潔く引き受けて、最後まで相手を守ってやるべきだよ。そいつが、他の女にも同時に関わっていたことが、バレたりしたら、心証はだんぜんジェインに傾くけどね。私立探偵に調査を頼めば、すぐわかるよ」

そのことも、伝えられるわ。
「ありがと。私、姉になんて手紙を書いたら良いか、少しわかった気が  する。ありがと。プライベートな手紙を見せるなんて、いけないことと  わかってたけど、読んでもらってよかった」
「何か助けになったのなら、嬉しいよ。もっと考えてみて、思いついたら、また言うよ」

結城君は香織の手を取って、香織の足取りに合わせて、ゆっくりと坂道を 辿って行った。

予定通り、1時間ほどで山頂の「御嶽ビジターセンター」に着いた。

「あ、そうだ、最後のスギが何号だったか、オレ、見て来る」
結城君は、杉並木の最後の当たりまで下りて行った。香織も後を追った。

「あれ、(2)はあるけど、(1)はないなあ」

しばらく2人で行ったり来たりして、(1)と書かれた木を探したが、見つからないままになった。

「皆、集まれー。まずは武蔵御嶽神社にお参りをすませてから、周囲の山々の景色を見ながら、昼食にしよう。1時に日の出山に向かうから、ここに集まってくれ」
と、須山先生のかけ声で、皆、まずは神社に行列を作って、思い思いにお参りをした。

香織は志織姉のことを一番にお祈りしお願いして、長々と手を合わせて  いた。

その後、皆はリュックから敷物を取り出したり、近くのベンチに腰を下ろしたりして、昼食にかかった。

結城君はリュックからシートを取り出し、広々と広げて、ポールたちも呼び立てた。

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