2章-(1) 文化祭にママ!
清和女学園の文化祭は、人気が高く、近辺の見学者から 卒業生たち、他の高校や学園の人たちなど大勢が訪れることで有名で、時には新聞社やテレビ関係の人たちも取材に来る年もあった。
香織と直子にとって初めての文化祭は、まさに規模の大きさと見学者の多さに、圧倒されてしまった。
それでも、香織は1年B組の部屋の、自分の作品の飾られてある壁の傍らに座って、今日も変わらず編み物に取り組んでいた。ピアノの山本さんがBGMのように、柔らかな優しい小曲を、次々に弾いてくれていた。
1Bの廊下では、早くも行列が始まっていて、最初の20人が教室に入って、順に見学している。最初からビラを手に、香織の壁にまっすぐに来る 人たちも多かった。
「2人しかだめなの? 今日買って帰れないの?」
「先に寄付金だけ入れるの? かわってる! このアジサイの額、欲しいわ、ぜったい」
「私も。やっぱり買うの記入する。早い者勝ちだもの」
内田さんや前田さんが人数制限の説明をしたり、芦田さんは寄付金箱を 見守っている。
「わっ、あの方が編んだ作品なのね! サインしてもらえないかしら」
と、香織に気づいた人がいて、内田さんはとっさにこう応えたのだと、香織は聞かされた。
「品物をお送りする時に、額の裏側に、サインして送り出しますね」と。
2度目の20人の中から、内山直子たち際だって大柄の人たち3人が、やってきた。
香織は頭をチョンとつつかれて、はっとして見上げると、結城君がにっと笑っていた。ポールと直子も笑っている。
「すごい展示になったね。焦げ茶の縁取りの額に、釘にかけてある紐も焦げ茶のリボンの蝶結びてのが、センスいいよ、あれ。とってもいい!」
と結城君。
そう言われて、香織は頬を赤くしてにっこり笑顔を返した。それを主張したのは自分だったのだ。ピンクとかグリーンとかの候補を退けて・・。
結城君は、小さな袋を香織に渡した。
「これ、何?」
「そうやって、ずっと編んでるんだろ。時々つまむといいよ。チーズキャンデーとチョコとお茶とレモンジュース」
「ありがと。うれしい、ありがと」
「オリ、後で他の部屋をいっしょに見に行こうよ」
と、直子が小声で誘った。香織はちょっと考えて、首を振った。
「明日の午後なら、行けるかも。でも、私のコーナーを手伝ってくれてる人に悪いから、今日はこのまま編み続けてるわ。数を増やさなくては。さっきの一グループだけで、15枚も注文があったそうよ。困ったな、ほんとに」
「そうだ、オリ、そこに座ってるとこ、写真を撮って上げる。壁のニットも少し入れて」と、直子がカメラを構えると、結城君はさりげなく、座っている香織の後ろに半分かかるように立った。
「肩に手を載せていいかい?」との小声に、香織が返事をし終えないうちに、カシャっと音がして、肩に手を載せた写真が出来上がってしまった。
内田さんが香織に片目をつぶって、にっと笑った。彼ね。ボーイフレンドね、と言ってるのだ。そのくらいですんでよかったのかも、と香織は首を すくめて笑った。結城君は恋人を公言して抱きしめてみせると、冗談を言ってたのだから。
直子は壁一面の額の群れを写したり移したり、台の上に記入された用紙も 写し、ポールを生け花の台の前に立たせて写したりした。
「オリ、話なんてできそうもないから後で電話するよ。すごい人気でよかったな」
と、結城君は言い残して、直子たちと帰って行った。
「まあ、自分の娘に会うのも、行列することになるとは・・」
と言いながら、ミス・ニコルと一緒に、3度目の入れ替えで入って来たのは、香織のママだった。その時も香織は、編み物に夢中になっていて、すぐ側で、ミス・ニコルに声をかけられるまで、顔を上げなかった。
ママは台の前で〈記入用紙〉の説明している前田さんに近づいて、小声で 言った。
「15分でとありましたけど、笹野香織の母ですの。大阪から来まして、 ミス・ニコルと参りましたけど、お話し足りなくて、せめて30分いさせて頂けないでしょうか?」
前田さんは内田さんと相談して、では、おふたりだけそうなさって下さい。なるべく目立たないように、と言い添えた。
ママはあらためて、ミス・ニコルに礼をくり返している。
「先生のおかげで、私も娘の特技に気づくことができました。編み物を禁止させていたのは、勉強が疎かになってしまうと思いこんでたものですから。でも、娘の好きな事を後押ししてやるのが、親の務めだと悟りました。このコーナーを見ることができて、ほんとに嬉しく有り難いです」
「私も思いがけなく、人助けできたみたいで嬉しいですよ。あなたとも再会できて嬉しいです」
と、ミス・ニコルも笑顔で返した。
この一団の最後に、3人連れ立って、香織の前に現れた人たちがいた。
「笹野さん、あなたの素晴らしい作品も、皆さんのも見せて頂きましたよ。あなたにいつぞやお話しした、懐かしい人たちをご紹介しますね」
と西寮寮官の江本先生が、香織に紹介を始めた。
「こちらが笹野香織さん。あなた達が1年生の時に入ってた〈かえで班1号室〉に今入ってる方なの。10月には部屋替えがありますけどね」
えっ? それじゃユキさんと、マスミさんてこと? 香織はドキドキして、 編み物を置き、立ち上がった。
「笹野さん、この方が、浅井由紀さん、作家志望で出版社にお勤めね。こちらが上田ますみさん、東大で勉強中の方」
(画像は 蘭紗理作)
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