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1章-(5) 恐怖の集会室へ

食事は香織にはたっぷりすぎた。グレービーのかかったポークステーキ、 ポテトサラダ、野菜スープ、キノコの和え物、ライス、イチゴのデザート。

直子は見事な食べっぷりで、早々と終えた。香織は最後に箸を置いたが、 3分の1は食べ残していた。

夕食が終って、1時間もたたないうちに、香織たちは〈ひどい目〉にあう ことになった。さっき渡辺恒美さんは冗談ぶって予告していたのだ。後に なって考えて見ると、あのやさしそうな瀬川班長も重要な役割をうけもっていたのだ。

食堂からの帰り道、瀬川さんは2人のうしろに、ぴたりとつきそっていた。そして、2人の背中を押すようにして、
「ラウンジに行ってみましょうか」と言った。

2階には、中庭に面した南向きの談話室がある。中は広々とした洋間に、 大きなソファ、テーブル、テレビ、本箱が3つ備えてあり、火は消えたままの暖炉が目についた。冬には火を入れることもあるのだって。

直子はすぐにテレビにとびついた。香織は暖炉の上に飾られた絵に引き寄せられた。
ブルーの色合いが鮮やかだ。あじさいの絵だった。画面いっぱいに、淡い ピンクから濃いピンク、むらさき、青とさまざまな色合いのあじさいが、 重なり合って描かれている。

香織は見とれた。6月の中庭の1画が額縁の中に封じこめられていた。寮生の誰かが描いたのだろう。香織はふっと、編み物にこのほんの一部でも編み込めたら、どんなにすてきだろう、と憧れてしまった。セーターかそれともショールの一部でもいいなあ。それとも、モチーフ編みにして、つないで いってもいいなぁ。その方が時間を自由に使えて、いいかも。

「オリ見て! 宇都宮駅が写ってる。あたしの町よ」

直子がテレビの前で呼び立てた。香織がテレビの方へ向かおうとした、その時だった、あじさいの絵もテレビ画面も、吹き飛ばすようなベルの音が、 すぐ近くの廊下を駈けぬけて行った。

ジャラーン、ジャラーン、ジャラーン!

「1年生は、2階の集会室に集合!」

大声で呼び立てて、駆けているのはだれ? 2人で顔を見あわせた。

「寮長の影山さんよ。集会室へ行きましょ」と、瀬川班長が答えて、先に 立った。

廊下で同じように1年生を連れた班長たちと行き会った。

2人の班長が寄り添うようにして、ささやき合っている。
「電気、おそいね」
「手ちがい、あったんじゃない?」

香織には聞こえたが、意味はわからず、何が始まろうとしているのか、思いもつかなかった。

集会室は食堂の真上にある。2つの寮の1年生28人が集められ、冷たい 床に正座させられた。両脇に2つの寮の10人の班長が、見張ってるみたいにこわばった顔で並び、正面の黒板の前には、委員たち10人がずらりと 立っている。

「しずかに。動かないで!」

中央にいる影山寮長が、ぎろりとにらんだ。板の間の正座は苦痛だった。 それでも、何やら怖ろしげな雰囲気に、身動きしていた者も不平を言ってた者も、静まり返った。

「これより誓約式せいやくしきを始めます」

寮長はにこりともせず、宣言した。香織は誓約式の漢字が思い浮かばず、 何だろと胸の中でつぶやいた。

委員たちの紹介があったが、皆つんとした表情で、素っ気ないおじぎを  した。それがすむと、寮長は盆にのせた巻物を取り上げた。

「では、入寮心得15箇条を読み上げます。明日から、この通り実行して もらいますから、よく覚えておくこと。読み終えたら、ひとりずつ、誓約のサインをしてもらいます」

寮長がものものしく巻物を取り上げた。そのとたん、電灯がパッと消えた。香織はおどろいて、あたりを見まわすと、窓の外も、その向こうの部屋の 窓も暗い。寮全体が真っ暗だ!1年生たちはざわめいた。

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