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  総入れ歯と土地問題

昨年は4月の夫死去後の〈相続〉の件で、わが家の土地の半分が、大変な  状態になっていることを、初めて知ることになった。それは、11月末に、高校時代の同期の男性3人が遊びに来てくれた時のことだ。A君は60年近く不動産業をやっているので、うちの15角形という変形土地に関する書類を、帰宅後に法務局などから、いろいろ取り寄せてくれ、吟味した上で、  ひとり藤沢から八王子まで書類を持って、車を飛ばし説明にきてくれた。

彼の話によると、うちの裏庭の69坪くらいの部分は、〈原野と畑〉の区分で税が課せられている。問題は、裏門のすぐ外側に〈横幅2m20cmと縦50cmの土地が、裏庭を売ってくれたO不動産の土地のままで、その狭さで宅地となっている〉。この1㎡ ほどの土地がじゃましているため、うちの裏庭には、水道、ガス、下水道など重要インフラを引けないので、家を建てる  ことも、売りに出すこともできない、無価値の土地となっている。私がこの1㎡を買い取るしかないのだ、とA君は教えてくれた。息子の世代になれば余計に面倒なことになるから、今のうちに・・と言ってくれた。

その時から、不動産屋O氏との電話連絡が始まったのだが、88歳の彼は 体調はすぐれず、総入れ歯のため何を言っているのかが、電話ではほとんど聞き取れない。やっと聞きかじったのは、「年内には・・」の一語で、それまでにはやってくれるらしかった。その後、奥様にTELで確認すると、「私は不動産のことは何も関わってなく、夫は1人で事務所でやってるので、権利書がどうなっているのかわからない。入れ歯を入れると、私にも何言ってるのかわからないんです」と、私に同情してくれた。

12月後半にTELすると「確定申告の2月か3月までには・・」とだけは聞き取れた。
3月半ばの電話でも、やっぱり総入れ歯のせいで、「6月に事務所の決算が出るとき」と言ったらしいとわかってがっくりだった。また先延ばしなのか、と悔しかったが、待つしかなかった。               この時の電話のやりとりで、わかったのは、彼があの1㎡ を〈宅地〉にしたのは、いずれ〈路線価〉が上がった時に、路線価と同じ額で売れると考えて儲けるためだったのだ。しかもわが家には何の知らせもせずに、という狡さが見えて、落胆した。「高く売りすぎると、全体の税額が上がって、損するし、安く売るのも・・で、いくらで売ればいいか、事務所の決算が出る6月に・・」と、なんとか聞き取れた言葉から、察せられたのだ。

そして、ようやく6月11日、腹を決めて電話をかけると、60代の娘さんが出た。私の第一声は、「お父上を呼んで頂きたいけど、必ず入れ歯をつけてからにして下さいね。いつも聞き取れなくて困りましたから・・」と説明しおえた後になって、娘さんが告げた言葉に仰天してしまった。

「父は昨日の朝、亡くなりました。今は葬儀の手筈を決めたところです。 4月から高熱続きや、血を吐いて、救急入院したりが続いていたもので」

あまりの衝撃に、私はお悔やみの言葉を伝える気力も出ないうちに「葬儀は身内のみで行いますので、土地の件はいずれご連絡します」と言われ、電話は切れてしまった。


ほぼ2週間が過ぎて、娘さんからTELがあり、「H不動産に後をお願いしたので、TELが入るはず」と知らせてくれた。そして実際、それから1週間目に、H不動産のM氏が来宅、庭と裏門あたりを検証し、最初はどこから手をつけていいかと、悩んでいる様子だったが、A君が残してくれた〈書類のバインダー〉と、私が見つけてあった〈権利書〉をすべて見て、安心したようにこう言われた。「これだけ揃っていれば、なんとかなります。よい 友人をお持ちですね。その方にお願いしてみた方がいいのでは・・」とも 言われたが、それはできないのだった。

A君は私と同年で、ごく最近に心筋梗塞となって入院手術を二度し、回復 したところで、7月6日に、私も加えて6人でお見舞いにいく予定だ。それに何しろ藤沢という遠くの人なのだ。

M氏は、実に誠実な人で、翌日には未亡人と娘さんを訪ねて、事情の全てを伝えてくれて、結局〈相続終了の10ヶ月〉以後には、解決するよう取り組む約束をしてくれた。それを頼りに、今は待つよりほかなさそうだ。

今思えば、父上を亡くした直後の娘さんに「入れ歯をしてから電話に出てください」とお願いした自分の迂闊さが悔やまれ、不謹慎にも、我が身の滑稽さに、涙がこぼれるほど笑ってしまった。最初の言葉としては、「お父上はお元気でしょうか」とか「お変わりありませんか」とか、まずは容態を尋ねるべきだったのに・・! 後悔先に立たず、だ。

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