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3章-(7) 自転車-サボテン-漢字

外があまりに暑いので、自転車乗りはほんの10分だけにしよう、ということになった。白い自転車があちこちに立てかけてあるが、どれも私には大きすぎる。選んで乗ってみても、私に合う高さのものがなかなかない。足は地に届かないし、ペダルはちょっと止めただけで、ブレーキがかかる。実に乗りにくかった。

それでも、ウイルがカメラを構えて待っているので、仕方がない。適当に 選んだ自転車で、両手放しを何度かやって見せた。でも、いつもの半分も 実力を見せられなかった。もっと長い距離を、スイスイと走れるのに・・。

それから、この公園の元持ち主の領主が、狩の時に泊った〈ハンテイング・ロッジ〉へ行った。4時から25人だけ入れてもらえる、というので、並んで待ったが、ウイルだけが26人目で入れなかった。彼女はもう2度入ってる からいい、と外で待っていることになった。

中は暗い教会のような部屋と、湖を見晴らす食堂、客間、図書室などすべてに、セントラル・ヒーテイングを備えた、リッチな屋敷だった。体格の良い男性ガイドの説明はオランダ語らしく、さっぱりわからなかった。

アイスクリームを食べながら、駐車場に向かう間に、エリサが珍しい話を 聞かせてくれた。

メキシコには〈ジャンピング・カクタス〉と呼ばれるサボテンがあって、 人が近づくと飛びかかってきて、深く刺すという。エリサの妹がまだ4歳 くらいの頃に、突然ひどく脚を痛がって泣くので母親が見ると、ふくらはぎにこのサボテンが刺さっていた。棘が無数に皮膚に食い込んでいて、母が 必死で抜こうとしても抜けず、足は腫れてくるし、とうとう病院へ運びこみ 2週間入院したそうだ。
泥棒よけに門や入り口近くに、列に並べて植える人もいるという。家の人は別の入り口から入るのかしら、と私が面白がって訊くと、そうかもとエリサは頷いて笑ってた。

6人で車に分乗して、夕食のために、まっすぐ大学内の〈城・食堂〉へ。

私は汗まみれだったので、大学の洗面所で汗を拭い、髪も結い直し、白T シャツの上にピンクグレーのブラウスに着替えて、廊下に出たら、ウイルにオオ! と言われた。「レイデイに変身よ」と私。

昨日とは別の部屋で食事に。メインデイッシュは大きな七面鳥の肉だった。同じテーブルの若い男性3人が、肉の種類をしつこく尋ねていると思ったら、〈ムスレム(イスラム教徒)〉の人たちとわかる。豚肉を食べないので、ハム類も避けるそうだ。タバコ・アルコール類もダメとか。

ところが、私の隣に座った宿も同じ〈カタリーナホテル〉に泊っている青年ブサフは、モロッコ出身でムスレムのひとりなのに、ワインをおいしそうに飲んでいる。私が話しかけてみると、どんどん話がはずんだ。
「ぼくは悪いムスレムだから」と、照れくさそうにワインの言い訳をした。

年は28歳で、フランスに留学中。結婚したいが職が決まらず、お金が問題で結婚できない。ガールフレンドがいて、その娘はモロッコ人だがフランス生まれのフランス育ちで、モロッコへは行きたくないと言う。が、フランスでは職は見つからず、モロッコへ戻ればなんとかありそうなのだが、問題は彼女が来てくれない。それで、どうするかと困っている。

いっそのこと日本へ行って、〈嫁探し〉をしようかとジョークめかすので、とんでもない、日本の若い女性達も結婚願望が薄れていて、婚期は遅れてきている。仕事を続けたい人、海外へ出る人など増えていて、以前とは変わってきた、と私は話した。

アラビア文字はアートみたいに美しい、と言ったら、自分のパスポートを 見せながら、右から左書きして名前を書いてみせた。

帰りのバスの中で、同じ席に並んで座った。するとブサフは自分の名前を、日本文字で書いてほしいと言った。
〈ぶさふ〉〈ブサフ〉と書いてみせると、
「違う。美枝子のような難しい字で・・」
と迫るので、適当に〈部佐府〉〈武左不〉など選び、ひとつの音にいくつもの漢字が当てられるので、組み合わせが無数にある話をしたら、目を丸くしていた。

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