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 2章-(5) 大変な後始末!

午後の休憩は、保健室でなんとか眠れたけれど、それでも人疲れは深かった。5時でベルが鳴り、廊下の人たちの嘆きの声が、大きく長く聞こえて いた。

香織は、あ、直子と約束した他のへやの見物はできなかった、と気づいたが、もう遅かった。

それぞれの部所で後かたづけが始まった。香織の所が何と言ってもたくさんの仕事が残っていた。壁の見本24枚を、最初に記入した人から順に、送り出さなくてはならない。
香織はまず、すべての額縁の裏に、サインペンでサインをした。

「寄付金箱は、ミス・ニコルに開けて頂きましょうよ」
と、佐々木委員長が言い、松井さんが先生を呼びに飛び出して行った。

「郵便局で、安く送れる方法を明日訊いて、27枚の封筒を買って、送り先を書かなきゃね。これから先の封筒も、まとめて買った方がいいわね。私たち明日もここへ来ましょ」と、内田さんが言い、他の2人もうなずいた。

「その後に、オリが編んだ分は、1週間分ずつ貯めてもらって、寮のお部屋で準備して、送り出すのはどうかしら? オリ、そうしてもいい?」
と、前田さんに問われ、香織は助かると答えた。

「今日は壁の額縁を、あの箱に戻しておきましょう」
と、佐々木委員長の先導で、1つずつ丁寧にリボンをほどいて、箱に詰めていった。

終るころ、松井さんとその後からミス・ニコルが1Bへ入って来られ、いよいよ寄付金箱を開けることになった。

皆テーブルのまわりに集まった。ミス・ニコルが箱の上蓋をゆっくりと持ち上げた。中から詰まっていたお札が、うわっとふくらんで上がった。
「まあ、このお札のこの量! 代金を払っただけではないですね」    とミス・ニコルの驚きの声!

すると、芦田君子が珍しくはっきりと答えた。
「買わない人も、たいていの人が入れていました。5百円玉の人もいたし、千円札も5千円札も、1万円札の人もあって・・」
「ほんものの寄付金が多かったのね!」と前田さんが驚きの声を上げた。

芦田さんがさらに口添えした。
「編んだ人の努力を援助しましょとか、材料費だってずいぶんかかってるよねとか、卒業生の人たちが、応援しましょ、と言ったりしてました」
香織は涙ぐみそうになった。

ミス・ニコルはきっぱりと言った。
「これをきちんと数えて、ミス・ササノが使った額縁代、毛糸代、大阪からの送料、これからかかる郵便送料など、必要経費を別にした残りを、寄付金としましょう」

香織はあわてて言い返した。
「今までの分は、頂かなくても大丈夫です。これからかかる毛糸代、額縁代、郵送料は頂けると有り難いですけど」
「だめです。少なくとも材料費だけは受け取りなさい。でないと、この先が続かなくなりますよ。それに1枚作るための制作費も差し上げます。それだけ集まっていそうだし」
と、先生は譲らず、つけ加えてこうも言われたのだった。。

「このお金はね。笹野への応援と励ましです、それと、あなたの技に感動した思いを伝えたいという、皆さんの気持ちなのですから、受け取ってあげなさい」

前田さんが寮に届いている額縁代の代金も、請求書は笹野香織宛てになっているので、それは当然、この箱からもらうべきよ、と言ってつけ加えた。
「会計は私が引き受けるね。そろばんも暗算も1級だし。荷造りも一緒に やるよ」
「じゃ、送る人への表書きと荷造りして、私たちで郵便局まで運びましょ」
と、内田さんが芦田さんに言った。

お札の中には、1万円札が3枚、5千円札も十数枚、千円札がほとんどで大変な数だった。5百円玉も重いほど入っていた。芦田さんが香織に小さい声で、「後で、ちょっと」と言った。香織は反射的に頷いた。何だろとその後で思った。

皆で、お金を揃えて束にし、前田さんが計算した。お金の計算を済ませたら、後でミス・ニコルが香織に渡してくれると言う。香織が代金をきちんと伝えたわけではないのに、予想額でまとめてくれるのだとか。

疲れの見える香織は、先に寮へ帰るようにと、2人の委員長に言われた。 有り難くクラスの外へ出た香織を、芦田さんが追ってきて言った。
「あの1万円札ね、最初に入れてくれたのが、若杉先生だったの。私、その金額にびっくりして、それから誰がこんな大きなお札を入れてくれるのか、気にしてたら、あなたのお母様と、あなたがいっしょに写真撮られてた人のお母様だったの」

寄付金箱を見守っていたのは、芦田さんだった。香織も若さま先生が? と驚いてしまった。それにママも結城君のママも、香織を応援してくれたのだ、と胸に沁みた。
「ありがと、教えてくれて。担任の先生がなんて、どうしよう・・」
「すごいって、認めてくれたのよ。喜んでいればいいのよ」
芦田さんがそんなこと言ってくれるなんて、と香織はそれも嬉しかった。

ちょうど直子が隣の教室から出て来たところだった。後片付けが終った  らしい。
「オリ、げっそりしてるよ。荷物持ってあげる」
芦田さんが1B へ戻ると、香織は直子に支えられるようにして、2人で西寮へ帰った。

「オリはこれで終わりじゃないよね。あと何枚編むことになってるの?」
「43枚くらいかな」

ところが、それで終わりではなかった。寮内に戻ると、特に3年生たちが何人も、かえで班1号室をノックしたのだ。卒業までに1枚お願い、あじさい寮の記念に持っていたいの、と言って次々と・・。対応したのは、直子だった。2年生や1年生も来た。

香織はベッドに入ってすぐ、眠りこんでいて、何も知らなかった。  

9時過ぎ、目をさましたら、直子が背伸びして、香織のベッドをのぞき込んでいた。
「目が覚めた、オリ、さっきね、ポールと結城君が、陣中見舞いを持って 来てくれたんだ。懐中電灯で窓を何度も照らすから、何かと思って見たら、あの2人に玄関に呼び出されてさ。おいしそうなクリームシチュウーを、 鍋ごと持ってたの。食べましょ。元気出さなくちゃ」

2人が食べ終わって、ひと息付いた頃、香織のケイタイが鳴った。直子は 察して気をきかせたのか、鍋やお皿を洗いに洗面所へ行った。

「うまかったろ。おふくろがこれなら食べれるね、と気を利かせてたよ。  お疲れさま」
「ありがと。ほんとにおいしかったあ! 今どこ? まさかそこの窓の外じゃないよね」
「うちのベッドの中さ。妄想しながらね。オリがオレの隣にいるんだって」
「クフフ、そんな元気ないよ。ついさっきまで眠りっぱなしだったの。人疲れね」
「よしよし、いい子だ。頭なでて、背中なでて、肩をもんで、足ももんで、それからどうするんだっけ?」
「知ーらない。もすこし眠りたい」
「歯をみがくんだろ!オリ」
「ハーイ、ショー」    

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