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4章-(3) 約束の守り方!

やがてウイルとジュデイットが、大学から車で戻ってきた。ジュデイットはランチを夫と共に大学でするために、出かけたのではなかった。今朝夫君に「昼はいっしょに食事しましょう」と約束したから、ハトルの家でランチをすることになって、約束が果たせなくなったことを、本人に伝えるために、ウイルに乗せてもらって大学まで行ってきたのだとわかり、私は唖然としてしまった。

電話で事務の人から伝えてもらえばすむじゃないの。ウイルはジュデイットが気兼ねしないようになのか、出来上がった写真を取りに行くついでに乗せてあげる、と言っていた。
わざわざ伝えるだけのために、ウイルを余分に車の往復をさせた気がした。〈夫との約束〉の方が〈他者への迷惑〉より大事なのだ。

このことは、ウイルがハトルに「夜のさよならパーテイに出ない?ご馳走がたくさん出るのよ」と誘った時、ハトルは「夫に今夜夕食を作ってあげる、と約束したから、出席したいけど、あきらめる」とはっきり断るのを聞いた時、そうなんだ!と目が覚める思いがした。

(後にハトルが日本への誘いに乗らなかったのは、軽々しく約束はしない。口にした言葉は、実行を伴うべきという、彼女たちの哲学なのだ、と思い 当たった。)

私だったら、行きたいと思ったら、夕食を作り置きしたり、書き置きをしたり、電話で連絡して帰りに食べてきてもらったりして、なんとか行っちゃうけどな。〈約束〉とか言葉を守ることにおいて、西洋人は厳しいことは知っていたが、ほんとにそうなんだ、と実感させられた。私はなんと気軽に誘い気安く心変わりしていることか、と反省させられた。

ウイルに頼まれ、パーテイや村訪問の時に撮ったたくさんの写真を、全員に分配する手伝いをした。おとなしいジュディスが、今回の出席者の名前を、一番たくさん覚えていて、写真をその人物に分ける時、照らし合わせることができた。頭のいい人なのだ。

その間に、ハトルがありあわせのパンとハムとチーズで、サンドイッチを 作り、アップルジュースを用意してくれた。丸パンを横切りにして、薄い チーズをのせたオープンサンドだが、これがすばらしくおいしかった。

ハトルの娘のフローラはイラストレーターになりかかっていて、雑誌に初めて載ったのを見せてくれた。自在な線描きで、なかなかいい。ドイツの懸賞募集に応募したら、1等になり、5000ギルダーをもらえたので、旅行に出るのだそう。私がその絵をほめたら、ハトルはにこにこしていた。かなり強度の娘びいきらしい。
「あの娘は結婚しないと思う。男の子に興味がないらしいから」
と言うのさえ、嬉しそうに聞こえたから。

庭に出て菜園など見せてもらう。昨日は掃除したりたいへんだった、と言いながら、ハトルは地面を示した。小道の上に、ホウキで掃いて波線をつけている。仕上げにそうしたのだって! まあ、日本の和風の家庭で、客を歓迎するひとつのもてなしとして、庭土にホウキの筋目を入れるのと同じだ、と私は感動した。

ハトルは日本人の暮しに関心はあるらしいが、
・室内では靴を脱ぐ
・一回の風呂湯に、何人かが入る
・同じ部屋が客間・居間・寝室に何通りにも使われる家庭もある、
などは、理解しがたく、気持ち悪いらしい。

「畳と布団の間に寝るの?」と聞いたりする。
「いつか遊びにいらっしゃい」と誘っても、無言、笑顔なし、むしろ行きたくない雰囲気だった。想像も及ばないらしく、見物する気も起きないのだ。

サラダ用の野菜やエンドウ豆など数種類の畑や、バラ園を見た後に、ハトルだけの秘密の一郭も見せてくれた。そこには椅子とテーブルが木の下に置いてあり、周囲が低い灌木に囲まれていて、見上げれば木の間越しに空が見える。風の音、川波の音だけが聞こえる静けさ。こんな空間が持てて、ハトルは幸せな人だ、と思えた。

それから、夫君が楽しむ庭の仕事場も見せてくれた。倒した木をのこぎりで切ったり、割ったり、時には椅子を作ったりするらしい。
全体で400坪くらいはあるだろうか。ぐるりと一回りして表に回り、いよいよおいとますることになった。

アンナ、エリサ、ジュデイットの3人は、両頬を3度くっつけ合う、ラテン系別れの挨拶。私はしそびれて握手だけして、車に乗った。

「これからどうする?」とウイルに問われ。私は「デッカスヴァルドのエリサの部屋が見たい。シャワーを借りて、夜のパーテイのための、着がえが できたら、有り難いのだけど・・」と答えた。

OK、OK!ということになり、あこがれの森の宿へ。

「天気予報では、夕方から夜半にかけて雨になり、24度くらいまで気温が下がると言っていた」とウイル。
つまり、10度も下がるという。でも、雲はかけらも見当たらず、気温は 36度以上はありそうに、道路の照り返しがむせかえるようだった。

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