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4章-(1) 香織の運動会

清和女学院の運動会は、父母や近所の人たちの見物人も多くて、毎年賑わうのだ。香織も志織姉が、リレー選手として毎年出ていたので、母と見に来ていた。姉はスポーツも得意で、特に走るのが速くて、たいていアンカーとして、何人抜きかして、ゴールへ走りこみ、1等賞を取るのだった。

今年は夏から台風の数も少ない方で、文化祭も運動会日の周辺も、快晴に 恵まれた年だった。運動会のリレー選手などを決めている日のことだ。

「オリは運動会はムリじゃないの?」
と、言い出したのは、佐々木委員長や横井さん、内田さんたちだった。編み物で忙しいから、という意味ではなくて、香織がふだんの体育の授業でも、走る場面では、参加せず見物にまわっていたからだ。

「養護の先生に、走るのは止めておきなさい、と言われてるの。4月に校医先生からの注意があったそうなの」
と、香織は打ち明けた。

「貧血は少しはよくなってるけど、本態性低血圧症だと言われて、かなり 低い日があるの。人にぶつかっちゃだめ、泳ぐのもだめ、ですって」
「そうだったの。だから、文化祭の時、長く座って編み続けてたら、ふら ついたり、疲れたりしたのも、ムリなかったのね」
と、横井さんが頷いて言った。

「それだと、運動会はオリには苦痛の日だね。それなら、テントの中で仕事する放送係のひとりになれば、いいと思わない?」
佐々木さんが名案を出してくれた。

「それいいね。次の出番を放送したり、何組が勝ったとか、何点入ったとか放送するよね。オリは、やさしい声だから、少しがんばって声出すのよ」
と、卓球部部長の内田さんらしい、励ましだった。

というわけで、香織は運動会の日、踊りにも加わることなく、ミス・ニコル学園長や他の先生たちもいる、テントの中での仕事を担当することになった。

放送係は6人いて、1年は香織とA組の森田さんだった。2年生2人が中心になり、3年生の2人は、去年担当した先輩として、2年生たちに、指示 したりアドバイスする役目なのだ。  

中央の席に座ったミス・ニコルが、放送係の机の前にいる香織を見つけて、目立たぬように手招きをした。入場式の行進はすでに始まっていた。香織と森田さんがラジカセにセットして、掛け始めた賑やかな行進曲に合わせて、3年生、2年生、1年生の順に、列を作りつつあった。香織は森田さんに 後を任せて、背を低くして移動した。

ミス・ニコルに近づき、香織はしゃがむように背を低くした。ミス・ニコルが言った。
「放送部ならだいじょぶね。校医先生に、あなたのこと初めから聞いていますよ。編み物は順調ですか?  ムリしないで、いいのよ」
「ありがとうございます! 週に3枚と決めたら、気が楽になりました。今朝も5cmだけ編んできました」
「オー、ナイス・ジョブ」
と、ミス・ニコルは、香織の両手をにぎって、揺すった。

香織が席に戻ると、3年生の林さんが香織を呼んで言った。
「2年生たちが放送するのを、よく見てよく聞いていてね。あなたと森田 さんは、来年は中心になって、運動会を仕切ることになるはずよ」

香織は目を見張った。そんな大役だったのだ。 

2年生の生徒会会長が、朝礼台の上で大会宣言をし、その後、ミス・ニコルの挨拶、その後、準備運動代わりの、ラジオ体操を全員で行なった。この時は、2年生の運動部部長が朝礼台上で模範演技で皆を先導した。

マイクを手にした放送係が、すべての演目を、〈運動会演目パンフレット〉に沿って、放送していく。
「・・2年生のダンスでした。F組から順に北門へ退場して下さい。次は 1年生の大玉回し競争です。場内係は、大玉とゴールの準備をお願いします。1年生はA組から順に、南門に集合・・」

香織と森田さんは、ラジカセのカセットテープの音楽を、流すのを任されていた。香織にはこれが楽しくって!   どこの運動会へ行っても聞いたことのある曲なのだが、自分の手でボタンを押して流れ始めると、体も心も沸き立つようなワクワク感が溢れてくる。いっしょになって、歩きたくなったり、走り出したくなる。

「ワシントンポスト」「クシコス・ポスト」「道化師のギャロップ」「天国と地獄」など。ダンス曲も楽しい。「オクラホマ・ミキサー」「マイム・マイム」などは、観客席で見ている年配の方たちも、体を揺すっている。古くからよく使われているのだ。

午後になると、星城高の男子生徒たちが、ぞくぞくと集まってきていた。

ちょうど3年生全員で、勇壮な「ソーラン節」が始まったところだった。 黒に白の筋の入った衣装で、勢ぞろいした女生徒たちの、ぴたりと揃った 動きが美しい!

「おおっ!」

という歓声が一斉に起こった。女生徒ながらあっぱれの、キビキビした切れのある、力強いソーラン節だったのだ。終った時の、拍手喝采と大歓声は、会場を揺るがすほどだった。

香織はのっぽのポールと結城君を見つけて、思わず笑顔を浮かべたが、手は振らなかった。
結城君がテントの中の香織に、気づいたのかどうかはわからなかった。後できっと、メールか電話が来るだろな。



     (画像は 蘭紗理かざり作)

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