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3章-(4) ○○○ごっこ

「さあさあ、おまちどうさま、よっちゃん。いただきましょうね」

リンゴジュース、紅茶、湯気のたつホットケーキ、いちごを前にして、あきさんは手を合わせ、声には出さない長いおいのりをした。

それから乾杯になった。

「84歳、おめでとう。よしのおばあちゃん!」

エイは大きな声で何度も言って、にぎわした。黙っているみゆきの分まで、はしゃいでいるようだ。

「うまい! おいしーい。最高!」
エイはぱくぱく平らげ、ホットケーキのお代わりまでした。

「こんなこと聞いていいかな。あきおばあちゃんは、どうしてよしのおばあちゃんといっしょに住むようになったの」

あきさんは謎めいた、微妙な表情を浮かべた。

「病院で知り合ったの。わたしは婦長でしたからね」

「よしのおばあちゃんには、身内の人がいなかったんだ」

エイはわけ知り顔になった。

「いても引き取らなければ、いないのと同じでしょ」 

あきさんは言い放つと、話を打ち切るように、さっさと汚れた皿を流しに 運び始めた。

「あ、あたし、やりますっ」

エイは勢いをつけて後を追うと、あきさんの両肩を押さえて、まわれ右を させ、ちゃぶ台のところまで押して行った。

「みゆきはそのまま、そのまま。お客なんだから、ここはあたしにまかせ といて。よしのおばあちゃん、せっせっせー、をやりたいんでしょ」 

よしのさんの顔がますますゆるんで、開けた口からよだれがこぼれた。  それでもエイの言葉はわかったのか、両手をかまえている。

「はいはい、それじゃ」

あきおばあさんはにじり寄って向かい合うと、よしのさんの手を取って歌いだした。

 おねえさんごっこ いたしましょ、

 いたしましょ。

 せっせっせーの よいよいよい、

 よーしこちゃんは、おねえさん、ハイ、

 あーきちゃんは、いもうとね、ハイ、

 ひとりと ひとり、

 ひとりじゃ さみし。

 ひとりと ひとり、

 ふたり寄って ハイハイハイ、

 おねえさんごっこ いたしましょ、

 いたしましょ 

 せっせっせーの よいよいよい。 

2人のたたき合う手の音がひびいた。ときどきちぐはぐに、音がとぎれる。よしのさんは、そのたびに声を立てて笑っている。

「きょうは、友だちごっこじゃないんだね」

エイはハンカチで手をふきながら、戻ってきた。

「いろいろあるのよ。お姉さんごっこ、赤ちゃんごっこ、家族ごっこ、お客さんごっこ・・よっちゃんが笑ってくれるから」

「よしのおばあちゃんは、ほんとに好きなんだね」

「リズムがいいのと、人の手に触れてるのがいいのね、きっと。日に何回 やってることやら。手を刺激するから、これは脳にも体にもいいと思うの、実は、わたしのためにもね」

あきさんはそう言って、首をすくめた。

「そうだ、あきおばあちゃんの誕生日も聞いとこっと。いつ?」

「5月26日」

「もうすぐじゃない!  ふふ、たのしみ」

エイはみゆきをふりむいて、肩をこずいた。よしのさんの目が、ちらっ  ちらっとみゆきに走るのを、みゆきは感じ取っていた。


夕方、市役所からの5時のチャイムが鳴りわたるより前に、みゆきは川沿いに図書館へ急いだ。歩きながら、耳の中に先ほど聞いた歌がひびいていた。

1度聞いたきりなのに、あの歌がみゆきの耳に焼きついてしまった。わらべ歌のように、ほとんど抑揚のない節回しだった。

 ともだちごっこ いたしましょ、

 いたしましょ・・・。

 ひとりじゃ さびし・・・

 ひとりと ひとり、

 ふたり寄って ハイハイハイ、・・・

友だちなんて、もう持たないって決めてるけど、あんな人たちもいるんだ。身内でもないのに、あきさんはよしのさんを引き取って、すべて面倒を見ている。何か理由があるのかしら。手間もお金だってかかるはずなのに・・と、みゆきはそんなことまで気になった。

家族ごっこだったら、どんなふうに言葉が変わるのだろう・・・。お隣さんごっこだったら・・?

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