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2章-(5) 夫人達と中心街へ

へやに荷物を置いてホテルの入り口へ飛び出すと、ちょうどシコフ夫人の  車が着いた。同じホテルの隣室に泊っている、スペイン人数学者の夫人ジュディットと同乗して、カトリック大学へ向かう。昼食を夫たちと合流して  すませてから、町の中心街へ出かけることになっていた。

ランチは「パスタにミートソース・フライドポテト・生野菜」だった。夫と私はこのランチが気に入って、ソースがおいしいね、とお代わりまでした。がその後、昼食が済んだ頃に、シコフ氏が夫人にこっそり耳打ちしているのが聞こえてしまった。
「明日からは、昼の食事のメニューを、もっと考えないといけない。品数が少ないと、不平を言ってるのが何人もいる」と。

「主催者はそんな心配りまで必要なのね」と、私は夫にその話をした。大変よね、費用を考えたら、私たちのホテルの苦情なんか言ってられないね、と言い合った。

後で気付いたのだが、世界の人が集まれば、昼食が1日の内で一番ご馳走 の国が、半分近くあるのだ。ことにラテン系の人々は、昼食を2時間くらい かけて楽しみ、その後に〈シェスタ=昼寝〉をする習慣がある。その人たちには、物足りないランチだったのだ。

外に出ると、シコフ夫人の親友のハトルの車が待っていた、私とアンナは その車にのせてもらい、エリサとジュデイットはシコフ夫人の車で、町の 駐車場へ。

アンナは情熱的な顔立ちで、気持ちの温かい人。薄青い目、茶色の肩までの髪、肉付きの良い美人で、しゃべればひどい早口、食べれば早食いの大食い。そのくせ痩せなくては、と後から見せてくれたのだが、ポーランドから乗ってきた車に、痩せるための運動具や筋肉引き締め具を持って来ていて、毎日ひそかに活用していた。

パーキング場の入り口で、若い男女が、まるで管理人のような身振りで、 車の誘導をしている。シコフ夫人もハトルも完全に無視している。これが 悪名高い〈ドラッグ=麻薬〉を買うための資金稼ぎをしている人たちだそうだ。駐車券の時間内に帰る人から券を安く買い取り、それを別な人に売りつけて、その差額で、ドラッグを買うという、みみっちい話なのだ!

シコフ夫人は名前をウイルと言い、今回手伝ってくれるハトルをあらためて紹介してくれた。ハトルの夫君は数学者ではなく医師なので、ハトルは学会には無関係の人なのだ。

ウイルとハトルは、看護婦時代のルームメイトで、同い年の娘をお互いに 面倒見あってきた親友だという。ハトルは看護婦から勉強し直して、看護婦養成所の教師となり、今は市の各病院へ看護婦配置のコオーディネーターもしているそうだ。

ウイルが健康上問題が出てきたので、今は週30時間、3日働くようにと、ハトルが指示を出したそう。それでも給与の体系は変わらない、というので、羨ましい制度だと思った。

ナイメーヘンは新旧が入り交じった町だ。〈新〉というのは、大戦末期に ドイツ軍占領下にあったため、アメリカ側の爆撃を受け、中心街の多くを 破壊された。その後に修復された区域が、古くからの町並と対照的に現代を感じさせる。

〈旧〉の方は、紀元前バタビア人の定住地をローマ人が征服し、以来ローマの居留地、国境沿いの要塞として、城壁内に大軍隊を抱える町に発展、オランダの都市群とドイツのルール地方を結ぶ、水路輸送の重要地点でもあったのだ。

16世紀からあるという古い城壁の一部が残るあたりから歩き始めた。壁の上には、カスタニエ(マロニエ)の群生が広がり、森をなしている。すぐにトアイアヌス・ブレインへ出た。小高い丘の上に立つ、昔の〈見張り場〉 らしい。今はレストランになっている。

そこから眼下にヴァール川の広い緩やかな流れと、長い橋と川向こうの農地や家々が見渡せる。かすかな起伏があって、海抜10mか20m程度なのだが、これがオランダでは、「丘」であり「山」なのだ。 

川辺のカフェでジュースなど飲んだ。そこから向こう岸に見える木々の陰に、ハトルの家がある、と聞かされた。

ヴァール川は2年前に、ドイツからの雪解け水がどっと下ってきたため、 大洪水になり、たくさんの人が避難した。この時、ハトルの家にも、洪水がジリジリと押しよせ、敷居にあと数センチの所で止まった。1週間くらい かけて、徐々に引いていったが、地下室にはいつまでも残って、難儀した。水の広がりがあまりに大きかったため、通常の洪水の不潔さは無く、澄んだ水だったそうだ。

バルバロッサの廃墟、古いチャペル、昔のカジノ跡などを見て回った

シコフ夫人が、明日以後の予定を教えてくれた、

・4日は〈アムス巡り〉を女性ばかり6人で。
・5日は、男性たちと全員で、ある村へ〈小旅行〉。
・6日は、アーネムの国立公園へ。美術館と自転車乗りを楽しむ。
・7日は、ハトル家を訪問。夕方は全員で〈さよならパーテイ〉の予定。

夕食はできる限り、男女全員揃ってとることになる。

女性陣の費用は、すべてシコフ氏からもらっていて、無料なのだという。 アンナは興奮して、すてきでしょう、と飛び上がって喜んでいた。こんなに至れり尽くせりの計画が出来上がっているとは知らなかった。もちろん、 どれをとっても誘惑的で魅力的なのだが、実は旅の前から、密かな計画を 立てていた私は、複雑な気分に陥いった。

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