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【短編】パズル

 なぜプラモデルではないんだろう? 彼はいつも店頭に陳列されていたガンダムのプラモデルではなく、店の奥にあるもう誰も買わないような少し箱が埃を被っているパズルの棚をじっと見ていた。
 万引きをするような雰囲気ではなかった。いつもまっすぐにプラモデルや食玩には目もくれず、パズルの棚に行く彼のことは他の店員にも知られていて誰が言い始めたのか『パズルくん』として店では知られていた。

 私がアルバイトをしていたおもちゃ屋の閉店が決まったのは年末のことだった。3月いっぱいで閉店するから他店へと移動する人、辞める人、それから閉店セールのため、他店からヘルプで来る人、年が明けて休憩室にかけられていた2024年のカレンダーに貼られていたシフト表には棒線で消された名前と見慣れない名前も交じっていた。
 閉店セールと言っても在庫は他店へ運ばれる。だから特別、お得感もなく『閉店』の告知が店舗の壁に貼られてさらに暇になった気がした。

「いらっしゃいませ」
 パズルの人はきっと土日が休みなのだろう。今回も迷わずにパズルのコーナーへと行った。でも、その人がパズルを買うのを私は見たことはなかった。あんなに熱心に見てるのに買わないなんて。
 私はメモを持って在庫チェックをしながらパズルの箱を見つめる彼を見ていた。

「あのう──」
 おおっ? はじめて声をかけられた。
「あのう、どれが、というかどのパズルがおすすめですか? 」
「えっ? パズルのおすすめですか? 」
「というか、あなたならどのパズルを買いますか? 」
「私? 私ですか? ごめんなさい。正直に言うとパズルなんて大人になってからしていません。昔は風景とかイラストのパズルが流行っていたみたいですけど、今は動物、猫とかが流行りだと聞いてますが」
「そうですか……、やっぱりしないんですね」
「何か、誰かにプレゼントとかですか? 」
「いや、いいです、ありがとうございました」
 彼は今日も何も買わずに店から出た。

 バレンタインデーの日、1階で催事のアルバイトでチョコを売っていた友達から『今年はチョコが全然、売れない』と休憩中にメッセージが届いていた。そういえばフリーターにとっては人気のアルバイトだった年賀状の仕分けも去年の年末は近所の郵便局ではもう募集はしていなかった。義理チョコや年賀状での挨拶、当たり前のように思えた習慣がひとつひとつ消えてゆくのが、どこか寂しい気がした。

 アルバイトを終えたあと、フードコートのマックでフライドポテトを買って空いた席に座ってひとりが食べていた。
 告白するのだろうか? 制服を着た子たちの集団からは離れた席を選んだ。
 そろそろ、新しいバイトを探さなきゃいけないのに実家だから私には危機感がない。実家から出なければ、無職になろうと寝る部屋もあるし食べるものも母が用意してくれている。ひとり暮らしをしている同僚たちは閉店が決まるとすぐに次のアルバイトを見つけて辞めた。
 大変だな、と思いながら、でも、その大変さがない私はやっぱり何かが欠けているような気がした。

 ポテトを食べ終えて口をペーパーナプキンでふいているときだった
「あのう、隣いいですか? 」
「いやです、他にも空いた席があるのに」
 私はなるべく感情のないような声で目の前に座ろうとする影に言った。
 「じゃあ、これっ」
 いきなり目の前にプレゼントのようなハートマークが散らばったピンクの袋が置かれて私は慌てて席を立った。
「何ですか!! 」 
 声を荒げて顔を見るとパズル君だった。
 「いや、ごめんなさい。告白というものになれてなくて、凄く好きなんです。でもずっと声がかけれなくてもうお店も閉店するし、どうしていいか、わからなくて、みんなが欲しいものも、あなたが好きなものも僕にはわからなくて、ごめんなさい」
 なぜか謝られた。
「告白? 」
「はい、告白です。僕は人が少し苦手で、でもちゃんと働いています。今、ポテトチップスを箱に詰める仕事をしています。迷惑ですよね? 今、気持ち悪そうな顔しましたよね? 」
「意味がわかりません。外見が可愛いわけでもないし、そんなに話したこともありません。なぜ告白されるのか意味がわかりません。しかも告白されることを打ち明けるなんてさらに意味がわかりません」
 途中、自分でも何を言ってるのかわからなくなりそうだったけれど、私は目の前のピンクの袋には目もくれず、パズルくんを見た。そして、彼はピンクの袋だけを私の目の前において去っていった。
 なんだか、サンタが持っていそうなピンクの袋をリュックで隠しながらバスに乗った。これからまるで私が告白するみたいだ。
 ちょうど玄関のドアを開けるといらない靴をゴミ袋に入れていた母がいた。母はすぐにそのピンクの袋をロックオンした。
「えっ? これから誰かに告白するの? 」
「だよね、そう見えるよね、実は告白されると予告されたの」
「美里、予告って言い方が不気味じゃない!! 」
 不気味じゃない!! と言いながらニヤけているのがわかる。私はそんな気分じゃないのに。
 ソファーに座ってピンクの袋を開けてみるとそこには欲しかった黒猫が描かれた缶に入ったチョコレートと洋服屋のロゴが入ったたくさんの猫が描かれたパズルが入っていた。そして、どこにも手紙らしきものはなかった。
 じわじわと自分の失礼さに自分がショックを受けた。猫の缶のチョコは2480円だった。缶がほしいけど高すぎる、そう思って諦めたもの。店員に聞いて、それともネットで調べてパズルくんはそれを選んだのだろうか?

 バレンタインデーが過ぎてからパズルくんを週末みかけることはなかった。
 そして、3月、店の奥に置かれていたパズルは他店に流しても売れないだろうということで70%オフになり、店頭にディスプレイされた。
 私は棚が崩される前、パズルくんみたいに棚の前にたった。170センチぐらいの身長でまっすぐに前を見ていたということはこれか? 背の高い店長を呼んで空のパズルを取ってもらった。
「これ、私が買うんでレジの後ろに避けといていいですか? 」
「珍しいね、美里さんが買うなんて」
「自分でも思います、けどお返しのプレゼントなんで」
 店長はそれ以上は聞かなかった。多分、パズルくんへのプレゼントとわかったはずだ。
 店頭にパズルがディスプレイされたということはパズルくんが来てももう気づかない可能性のほうが高かった。
 3月2日、店頭にディスプレイされて最初の週末、私ははたきをもって店頭を見ていた。来るはず……ないか、あの日の私がフードコートからあっかんべーしながら見ているような気がした。バックヤードのロッカーには、ラッピングしてもらった空のパズルが待っていた。
「休憩行ってきます」
 レジの店長に挨拶してエプロンを外して1階におりて、おにぎり屋でおにぎり弁当を買って店頭が見えるフードコートの席で食べた。
 70%オフだからか、案外、親子連れが足をとめていたし、箱を手に取る人もいた。本屋がそうであるようにおもちゃ屋が閉店する時代がくるなんて子供の頃は考えても見なかった。おもちゃだよ? おもちゃ。母に閉店の話をした時、
「みんながおもちゃ屋の袋を体操服入れに使って怒られたり、食玩の発売日にお母さんに頼んでその日はずっとそればっかり考えて今思うと楽しかったな」
そう言って寂しそうな顔をした。

「休憩からもどりました」
 私がレジの店長に挨拶しようとしたとき、
「もう売れたんですか? あの棚に置いてあった空の──」
 パズルくんが店長に話しかけていた。
「ごめんなさい、私が買いました。少し待ってください、今、持ってきます」
 私は慌ててロッカーに置いてあったパズルが入った袋を手にした。
 何かを察したのか
「美里さん、あと20分だけ休憩しておいで」
 店長は私の肩を叩いた。

 さっきまで座っていたフードコートの席にまた座って、パズルくんに私は説明した。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。バレンタインデーに突然のことでびっくりして。チョコもパズルも嬉しかったんです。でもとても失礼なことをしたと自分でも思うからまだそのままにしていて、パズルがセールになると聞いて、あなたの目線であなたが見ていたパズルはどれだろう? と思った時、これだ、と思って私が買いました。これは私からのプレゼントです」

「僕はいつかあなたとふたりでこの空のパズルをしようと思ってずっと見ていました。売り切れてしまわないか、あなたがやめてしまわないか、でもバレンタインデーの日、あなたの驚く様子を見てそれは諦めました。僕はやっぱり気持ち悪い人なのかもしれない。ずっと言われてきましたから。ただ空のパズルだけは買おうと思いました。僕はパズルが好きです。ゴールが見える、完成が見える、それが好きです」
 そんなふうに考えたことはなかった。
 パズルくんが気持ち悪いと言われている理由も私は知らない。
 それでもその日、パズルくんはその席に座ってずっと私の仕事が終わるのを持ってくれていた。
 ──今日は友達と晩御飯食べてきます 
 母にメッセージしたあと、どこへ行くかも決まっていないのにふたりで歩いていた。
 「雲が動いてる!! 」
 当たり前のことなのに、私は雲が私達と散歩するように動いていることが嬉しかった。
 告白すると予告されてから17日目の夕暮れだった。

 

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