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#79 羨望と等身大

絶対に敵わない と思うものに、滝沢カレン がある。

絶対になれない、と思って、でも生まれ変わったらそのような人になりたい、と思ってしまう、人だ。



高校生のとき、滝沢カレンのような子がいた。その子とは一度も同じクラスになったことがないのだが、部活が一緒だった。

その子は、誰にも分け隔てがなく、誰といてもどこにいても変わらず、

ふらふら〜っと現れてはふらふら〜っといなくなってしまう。

初めて会ったときには「アル」と読んでほしいと言われ(全くひとつも本名に関係がない)
「それは私の好きなエジソンに関係がある名前」というような説明を受けた。

話の途中で「ていうか、好きな食べ物はちくわ」と言い出したこともあった。(本当に何も会話と関係がない)意味がわからない。とにかくいつも突拍子なく、なんの前触れもなく、何かが起こる。

でも彼女は狙っている様子もなく、それが当たり前であり、でも狂い過ぎているわけではなく、思いやりもある。

不思議だな、と思いながら、もっと知りたいな、と思っていた。

どこにも属さない、属す必要がないといった彼女の姿は、当時の私からしたら興味深く、そして憧れていた。とても好きだった。



その子と受験勉強の合間に、図書館の近くでお昼を食べていたとき。
彼女は突然言った。

「私にもこの子といったらこの子と一番仲がいいよね、みたいな、そういう深いともだちが欲しい」

驚いた。そういうの、全然いらないと思っていると思っていたよ。

あなたのようなセンスと、訳のわからないおもしろさと、根っからの隔てなさがあれば無敵だよ。

私はあなたを深いともだちだと思っているよ。


たくさん言葉が溢れた。全部言えたかどうかは記憶が定かではないけれど。

私からしたら無敵に思える彼女には、彼女の考えがあって。
びっくりしたけれどそりゃそうか。自分のことは自分が一番深く考える。
そしてその人の解釈があるもんなあ。

人と比べてもしょうがない、隣の芝生はいつだって青い。

こういう言葉を自分に置き換えたときには腑に落ちないのに、魅力的な友人が考え込んでいる状態だとすっと腑に落ちる。


きっと無敵だと思える滝沢カレンにも、彼女の思うことがあるのだろうな。




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