見出し画像

報告 母校文化祭ゲスト①

えんじろうは、この学校が母校で本当に良かったなあと思う1日を過ごして参りました。自分は自分のことしかわからないから絶対そうだとは言えないものの、母校を素直に愛している大人って、何割くらいいるのでしょうか?愛せる自分は幸せなのだと感じます。
今回はそんな母校で開かれた文化祭にゲスト出演させていただいたエピソードでございます。


静盲しずもうまつり

そんな母校で「静盲しずもうまつり」という文化祭がありました。
えんじろうが小中学とお世話になった学校で、中学部までは「学習発表会」という仰々しい名前でした。とは言ってもこの名前も大好きでした。

名前は飾りじゃない

名前なんて飾りで偉い人にはそれが判らないなんてセリフもありますが、やっぱり名前は大切だと思います。

我が母校の名前は「静岡県立静岡盲学校」でした。最近では「静岡県立静岡視覚特別支援学校」という名前になっているのですが、やっぱりえんじろうにとっては卒業した頃の呼び名がしっくりきます。
そしてその略称として「静盲」と呼ばれていました。だからこその「静盲まつり」という名称で、非常に判りやすくしっくり来る響きは学習発表会よりももっと好きな呼び名でした。

前置きからめちゃくちゃ長いですが、そんな好きな名称「静盲まつり」が学校名すら変わった今もなお引き継がれていることが、とても誇らしく嬉しい気持ちを増幅してくれるのです。

始まりは夏頃

今回のお仕事の話を頂いたのは、確か夏頃ではなかったかと思います。何だかその時点で既に誇らしい気持ちになっていました。
まず自分の今の活動が母校の恥ではないことにほっとしました。変なところで今でも小心者なのですが、それをこうして皆さんに正直に綴れるようになっただけマシと思っています。
その後からは、後輩たちに何を伝えることができるだろうかということに想いを巡らせる日々が続きました。学校側から頼まれたことは演奏を届けてほしいことと、当時の学校の思い出を語ってほしいことなどでした。

方針を考える

静盲での思い出には明るい楽しい思い出がいっぱいですが、決してそれだけではありません。心が一番沈んでいた中学時代も含んでいて、その時期だからこそより強く宗次郎さんのオカリナの音色に出会って救われたというエピソードもあるわけです。
まずは話の方向性を吟味しました。

明るい話に限局

この日がまつりのイベントであるから、方針は迷わず明るい方に全ふりするということにしました。

楽器紹介と自分の紹介は当然やるとして、思い出話と後輩に伝えたい思いを上手く融合させて音楽ともマッチさせて届けたいという思いが溢れていました。
一生懸命時間をかけて考えた結果、思い出の遊びの話と、思い出の音楽との触れ合いの話をすることが定まりました。

話を固めるには?

えんじろうがライブでいつも苦労しているのがおしゃべりの土台作りです。もちろん伴奏作りなど、やることは他にもたくさんありますが、話したいことを引っ張り出すと芋づる式にわらわら出てきすぎてまとまらなくなってしまうんですよね。
それをまとめたいのですが、1度でも文章を興すと「説明書」みたいな疲れるつまらないおしゃべりになってしまうことを経験しています。だからいきなり実践風な練習をします。

笑われそうですが、ひとりで部屋にこもってストップウォッチをつけておしゃべりの練習をしているんですよ。
話に使える時間を算出し、実際に伝えたいことをしゃべってみるとものすごく時間が溢れます。溢れた度合いを考え直し本当に言いたいことはどれなのと自分に問いかけます。なかなかどれも捨てられなくて困るのですが、同時にそれだけみんなに伝えたい気持ちが強いことも判るので、テンションが上ります。自分ってこんなにしゃべりたい気持ちが湧くこともあるんだなあとなぜか遠い目で観察できたりします。

伴奏づくり

続いて話題に対応した(こじつけも含め)演奏曲も決めてゆきます。今回は卒業生としてのえんじろうの世界観をしっかり届けようと考えたので、オリジナル曲をガンガン入れることにしました。

静盲まつりに向けて作られた「静盲まつり讃歌」という曲があり、それを児童生徒職員保護者の方々と一緒に歌いたくて伴奏作りのアレンジから作り上げました。
この曲は当時みんなと歌って以来一切聴くことも歌うこともなかったので、記憶の中の旋律と歌詞とコード進行が正しいかどうかがやや不安でした。でも9割型自信はありました。それだけ大好きな曲だったというわけです。かくして30年近い期間を経て記憶から蘇った伴奏を引き下げての母校入り。もうここまでやるとワクワクしか残っていません。

膨大な時間

台本とストップウォッチの画面

舞台の時間は50分いただいています。でもそこに至るまでには本当にたくさんの準備時間を費やすものです。
それらも含めてライブなのですよね。10月辺りから、既にえんじろうのライブは始まっていたというわけです(笑)

方針は定まってきたので、ここからは実技練習です。

音響の準備

背景でステージをかちっと心地よいものにできるのが、縁の下の力持ちである「音響」です。ここにはとても念入りな準備をしています。
この日専用のマイクや伴奏のバランスをセッティングし、それを記憶し当日滞りなく準備が進むように仕込みます。
実際にスピーカに繋いで音を出して確かめ、マイクなども本番さながらにセッティングして片付けてということもします。

それでもハプニングは当日起こるもの。だからこそ自分側でのハプニングが発生しないための努力をします。実は今回、自分側でのハプニングが起こっちゃったのですけどね(おいっ)

しゃべりの固定

思い切りよく切り捨てる部分を切り捨てて、再び時間を図るということを繰り返すうちに、無駄なしゃべりと「あー」とか「えーとっ」などのつなぎ言葉が減ってゆきます。
そしたら音響に接続した状態でマイクを使ってしゃべることも練習します。極力本番と同じ状況を作ると、それだけハプニングを予想できたり対策が浮かびやすくなります。後はマイクをどう置くと支障が少ないかとか、マイクと口との距離感を演奏するときとしゃべるときとでどう変えるべきかなども見えてきます。

通し練習

結構な割合を耳で生きている視覚障害者にとって、耳に届けるための下準備は割りと厳しい目(ならぬ厳しい耳)で行えると思います。波形や針を「目」で見て考えるのではなく、実際にお客様に届ける「音」を聴きながら考えるからです。
更に今回届ける相手は耳を中心に行動する自分と同じ方々。そう思うだけでも音に関する緊張感は高まるものです。

用意したおしゃべりと演奏を、ストップウォッチで測りながら総練習です。この頃には既に本番1重感前を切っていました。
しゃべりは前夜まで試行錯誤を繰り返し、本当にどうにか50分枠にぎりぎり収めたという感じでした。

後は野となれ

練習していた場所の様子

山となれというやつですね。これだけやっておけば、もう後は流れに身を任せることくらいです。

今回内容が長くなりすぎていますから、記事を2回に分けることにします。今回は「準備編」という感じになりましたので、次回を実際の「当日編」として綴ってゆこうと思います。

次回の記事も是非読んでやって下さい。



#enjiro #えんじろう
#文化祭 #ゲスト #母校 #静岡視覚特別支援学校 #オカリナ
#準備 #音楽 #台詞 #吟味 #思い

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?