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「福祉施設を作ったんじゃない」農家の家から紡いだ寛容な建築|建築家 木村敏さん

滋賀県大津市にある設計事務所「b.i.n木村敏設計事務所」。「あるきだす」の設計をしてくださったのが、木村敏さんです。

この度、農業と福祉の拠点「あるきだす」として、グッドデザイン賞2023を受賞しました。それを記念して、設計に関するこだわりや現在の心境について木村さんにお話を伺いました。

農業と福祉の拠点「あるきだす」とは
「あるきだす」は、食と農から障害者就労支援事業に取り組むNPO法人縁活が農村集落の空家を活用した新たな拠点です。利用者はここから集落へ繰りだし、農業や草刈りを手助けしながら衰退する地域を明るくし、近隣の人々は「あるきだす」の運営を手助けするという相互の関係を築くことを目指しています。



これからを考えた”寛容さ”を取り戻す

—今回、グッドデザイン賞受賞の評価ポイントのひとつとして、1970年当時の「農家の姿」を参照していることが挙げられていました。

木村敏さん(以下、木村)
 1970年の姿に戻すというのは2つのポイントがあります。1つは福祉施設としてのリノベーションではないこと、もう1つは104年前の新築当時の復元ではないことです。

家屋に手を加えた歴史を説明すると、1970年頃というのは新築当時の平家建て茅葺き屋根を解体し、建物を横切る立派な梁を切ったり階段を設置したりして2階を増築した時です。つまりこれ以前の家屋に戻すことは不可能に近いということですね。ちょうどそのころ、現代的な暮らしに合わせて土間部分に床が組まれたり、台所まわりが新しくなりました。

私は、増築や改修の履歴だけではなく、記憶史調査を行いました。所有者さんへの記憶から家族の暮らしぶりや家屋の様子を知るという手法なのですが、その中で、市街地に新しい住宅が立ち並ぶ中、戦前に建てられた農家住宅が恥ずかしく、小中学生時代友人を家に招くことが嫌だったという所有者の言葉がありました。時代の価値観が家屋に現れることがよくわかります。

それらを踏まえた上で、どういうふうに家屋とそして歴史を残すべきか、現状と今後の活用を考えていった結果、今回の改修には1970年の農家の家に現れていた「寛容さ」が最適解ということに至りました。

—木村さんにとっての「寛容な家」とはどのようなものなのでしょうか。

木村 私が考える寛容な家というのは、自分たちが想定していないようなことが起きた時にもだいたいのこと全部をこの家でなんとかなるよ、という昔の家にあるイメージです。今の家は昔に比べてどんどん小さくなっています。ただその前提としてみんな家から外に出て行っている。子どもは学校へ、親は仕事へ、おじいちゃんおばあちゃんはそもそも一緒に住んでいない。冠婚葬祭などの非日常や、病気の療養・出産・看取りなど役割を全部家の外に出すことによって成り立つものです。

そんな中、コロナ禍で家族が感染したりリモートワークになったりして家で大変な思いをした人も多いのではないでしょうか。まず最初にこの家で寛容なイメージを受けたのが和室ですが、現代的にいえば使いにくい広い和室のように、一見用途のない場所こそふっと見直してみたときに、コロナ禍しかりなんでも受け入れてくれる場所になると思うのです。

和室は全面畳から手前半分を板間に変更。
休憩スペースとしてもイベントの会場としても使いやすくした。

—今回の改修において、使い手(縁活)にとっての寛容さはそのほかどのような部分に表れているのか教えていただけますか。

木村 古い家屋を改修するとき、それぞれの時間の流れで途切れてしまったものを、もう一度結び直すという感覚で家に手を加えているように思います。

今回の場合は、「農家の家=職住一体」だからこその寛容さというのが縁活の福祉事業にぴったり合うと想像できました。まず、農家というのは家長が社長で兄弟や子供たちが社員。家族が一つの会社のような組織だったわけです。そうなると、単純に住むだけではなく働くことも含めていろんな人の出入りがあったんです。

それから、先ほどから”役割の寛容さ”の話をしてきましたが、機能の面でも寛容さをみて取れます。例えば土間。土間はこの家の約半分を占めているのですが、土で汚れてもまた掃除したらいいという気持ちで許せます。農家にとって畑から直接野菜を持って帰ったり野良仕事ができたりするこの場所は、外と内の曖昧な境界線になっていますね。

キッチンも土間を採用しており土足で出入りできる。
竈門があったため、大きな梁は黒くなっている。

人と人、そして時をつなぐ存在に

—この建物に初めて入った時、古きと新しさがちゃんと混ざっているというか、それぞれを感じられる場所だという印象を受けました。

木村 時代のいろんな背景に思いを馳せながら考えれば、何かを理解して許容しなければならない。戦後・高度経済成長のときのエネルギーが押し殺してしまったものというか、一度否定してしまった田舎や民家の良さにもう一度向き合いました。そのうえで、古いものをそのまま残すのでなく、今の時代に素敵に見せながらよりよく活用するデザインにするための新しさをどう取り入れるかという視点を大切にしています。

それから、今必要なだけでなくその時々のスタイルに合わせて手を加えられることや、今私たちはたまたまこうしましたよ、というメッセージをこの家屋に残したいという思いもありました。例えば、見てわかる部分で言うと、建具の色をあえて寄せていないんです。もちろん色を添えることはできますが、そうすると次の誰かに手渡される時、どの段階で加えられた手なのかわからなくなりますよね。またいつか改修工事をされる際、令和5年の工事の箇所を残すのか取るのかはわからないけれど、手を加えた歴史をきちんと見せて伝えていく役割として、次の時代へ問いを投げかけてくれるのではないかと思っています。

—建物はすでに縁活の利用者やスタッフが昼食や休憩に使用していますが、これまでの拠点とは異なり、建物や周辺の環境を含めたこの場所の心地よさを感じているようです。

木村 縁活が使うのであれば、透明感のある家にしたいと思いました。透明感というのがこの場所の良さを活かすことでもあったからです。改修前、入り口から土間を抜けて奥庭が見える扉は板で塞がれた状態でした。住むだけの機能になる過程で人目を避ける居心地の良さを求めて閉じられたのでしょう。

ここは街のようにすぐ隣が他人の家という場所でなく、緑に囲まれています。これはアドバンテージかなと思っていて、日常の視線は入ってこないですよね。ただ、川を挟んだ道路側に行ってみると木の間から少し見えるのがまたいいなと。夜、部屋に灯りがつくと、人がいる雰囲気を感じられるような。距離感がちょうど良い場所なんです。

向かい側の道路から見た「あるきだす」
奥庭とそこにいる人が木々の隙間から見えます。

—縁活の活動拠点としてだけでなく、イベントなど地域の人に開かれた居場所にしていきたいと思っていますが、来てくださる方へ木村さんから伝えたいことはありますか。

木村 建物に入って、ここの景色や空気の気持ちよさを感じてもらいたいです。入り口から奥庭に向けて土間をひゅーっと通り抜ける風、透明なガラス戸の窓枠で切り取られた奥庭の緑。晴れていたらそれはそれでいいのだけど、雨が降ると感じられる、緑が喜ぶ感じも個人的には好きです。ここからの景色があれば雨が嬉しい場所にもなる。普段とは違う感覚になったり、ふとした発見があったり、そんな場所であればいいなと思っています。

奥庭から玄関まで一直線に見える。
風が抜けることで夏でも心地よく過ごせる。

—最後に、「あるきだす」の事業にあたって、木村さんが日本財団未来の福祉施設建築プロジェクトからグッドデザイン賞応募まで率先してくださったわけですが、振り返ってみていかがですか。
木村 建物としてのひと区切りとして、それから竣工式を経てあるき出した縁活へのお祝い花というか、私にしか渡せないお祝いとして、グッドデザイン賞に応募しました。今回ベスト100に入れなかったことは心残りですが、今は建物という器ができた状態。「あるきだす」はまだまだこれからです。縁活の活動が広がっていった時、建築を含めたひとつのプロジェクトとして日本を代表するようなよいデザインになれたらいいですね。これからの活動に期待しています。

田んぼや緑に囲まれ、青い空が広がるのどかな集落。

NPO法人縁活
HP:https://enkatsu.or.jp/
あるきだす

Instagram:@arukidasu_narutani

取材・文/豊田真彩
写真提供/b.i.n木村敏設計事務所

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