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「書くこと」の楽しさを忘れないで

初めてグラウンドでサッカーボールを蹴った日、初めて学校のプールで泳いだ日、初めて自分の部屋でギターをかき鳴らした日、初めて片思いの子とデートをした日。

いつだって何かを始める瞬間は、自分の気圧の中でしか生きられないような、上手く言い表せられない期待と不安で入り混じった言葉で胸の中は溢れている。

僕の所属している会社inquireが運営している「書く」を学び合うコミュニティ「sentence」の「ライティング基礎ワークショップ」第8回が終了した。

動機は様々ながら、「書くこと」に興味のある人が集まり、「そもそも『書く』ってなんだっけ」ってところから、実際に参加者同士でインタビューをするところまでを4回の講義に分けて行う。受講される方はライターさんに限らない。なんらかのきっかけで「書くこと」に向き合ってみたい人が集まってくださった。

実は数年前に僕も「書くこと」を上達させたいと思い、sentenceの講座に申し込んだことがある。「ライター コミュニティ」みたいなキーワードでグーグル検索をしてたどり着いたような気がする。一日遅れでエントリーシート的なものを出したため、結局受けるには至らなかったのだけど(笑) 当時からinquireにいる人達と「書くこと」について伝える側として立っているのは不思議な感覚だ。

ライター・編集者の職につき、仕事として「書くこと」に向き合うと、自分の実力の足りなさ故にとは言えども、思っていたよりも辛い瞬間が多いことに気づく。夜中の3時までMONSTERを片手に記事を書いたり、明らかにキャパオーバーで時間を止めない限り編集が終わらなかったり。

自分の理想とする記事と今自分が書いている記事のギャップに苦しみ、幾度も自分の出来なさに絶望しつつも、立ち止まるわけにも行かず、キーボードを叩く。次こそは、読んでくれた人の目を引くようなタイトルをつけたい、ワクワクするような構成にしたい。そう思いつつも、一朝一夕でそんな文章をかけるようになったら、苦労はしない。

好きなことを仕事にすることは、苦しみを伴うこともわかりつつも、目の前でカーソルが点滅を繰り返す様子を小一時間も眺めていると「あれー、なんでこんなにつらいんだっけ」と自問自答せずにはいられない。

「ライティング基礎ワークショップ」が始まったのは、そんな鬱屈とした気分を抱えていたときだった。講座を受けに来た方が目をキラキラさせて「書くこと」に向き合っていたり、インタビューの時にいきいきと取材をしているのを見ているうちに、「『書くこと』を仕事にしたい」と思っていた頃の気持ちが、ふつふつと蘇ってくるのを感じた。

「書くこと」についてまだなにもわかってなかったころ。ハウツー本に書いてあることをかじったくらいで、今思い返せば赤入れが入りまくること必至な文章を楽しみながら全力で書いていたことを思い出した。講座を開く側なのに、むしろ初心を思い出させてもらってしまった。

アメリカの女性作家、アン・ラモットはこんな言葉を残している。

書くことのカギは、とにかく何でもいいから書き始めることです。それが今までに書いた中で最悪の文章であってもかまいません。いい文章はほとんどすべて、へたな下書きからはじまると言っても過言ではないくらいです。

自己表現や考え方の整理など、生きる上で「書くこと」に向き合う機会は訪れる。この講座を通して、「書くこと」が少しでも好きになってくれたら、心から嬉しいなと思う。

(7月も募集してます!)

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