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視力検査は難しい【 エッセイ 】

「 見えてます 」


視力検査表の一番上の段にある大きな輪っかが指示棒で示される。

わたしは、欠けている部分目掛けて指さした。

そうではなく、欠けている方向を指すのだと検査官は言う。

小学校1年生の私には方向という言葉の意味が分からなかった。

欠けているところを的確に指しているはずだが、それを「 違う 」と言われたらもうお手上げだ。

面倒くさいので、「 分かりません 」と答えて済ませることにした。

すると一歩前に進むように促されて、また同じ質問をされた。

なんどやられても答えは同じだ。

検査表の一歩前まで来ても私の答えは変わらなかった。「 分かりません 」

検診結果にこう書かれた『 目に異常があるので眼科で詳しく調べてもらって下さい 』

それを見た母がとても驚き、大慌てで近所の眼科にいった。保険証と一緒に検診結果を受付けにだして緊張した面持ちでわたしのとなりに腰をおろした。

風邪を引いた時の付き添いと比べても母の雰囲気はただならなかった。待合席ではいつになく神妙になり、一切口を開かなかった。

そのときの母の顔色が悪かったことを今でも覚えている。

ここにも記述しておくが、わたしの目が悪いわけではない。しっかりと鮮明に見えている。しかし、それをどう伝えたらいいのかが分からない。それだけのことなのだ。

名前を呼ばれ、診察室にはいった。

先生が検診結果の用紙に目をとおしている。

そして、視力検査表のまえに立たされた。

丸のどこかが欠けているやつ。またこれだ……

先生が棒で指して聞いてくる。

「 空いている方を指してみて 」

素直に答える「 わかりません 」

同じ大きさの別の印が指される。

なんどやっても答えは変わらない「 分かりません 」だ。

わたしは大人に絶望しかけた。

「 先生とか言って偉そうな肩書きをお持ちなのに、分からないという言葉の意味がなぜ分からないのだろう? 」

このままわたしは超ド近眼の診断を受け、まるで必要がないメガネをつけて暮らさなければならないのか?

そんな事を覚悟しかけた。

しかし、この先生は違った。してほしい質問がきた。

「 見えてはいるの? 」

「 はい 」

そう答えると、近くに控えていた看護師さんに言った。

「 君、あっちを持ってきて 」

ガラガラとゴロの音をさせながら、看護師さんが引きずってきたのは動物や果物のシルエットの検査表。幼稚園のやつと同じものだった。

先生が一番上の動物を指し、わたしが答える「 うさぎさん! 」

そして順番に下の小さいものが指されていく。

「 リンゴ! 」わたしはすこぶる元気に答えた。

一番下の米粒くらい小さいものもしっかり分かる。

答えは「 カメさんだ! 」

この先生から意見がなされたのだろうか?

翌年から眼科検診では二年生まで幼稚園で使っていた動物のシルエット板と同じモノが使われるようになった。

そう言えば、先生はわたしの母に向かってこう言った。

「 お母さん、息子さんの目は悪くありませんよ。目は 」

そう言われた時、母の顔に生気が戻った。

安堵と情けなさと恥ずかしさが混じって頬に赤みがさしたのだ。

お母さん、おバカでごめんなさい。

エージロー

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