部屋より

西久保遥

私の窓辺から見えるのは夜でもない昼でもない
曇り空を孕む雨に身を寄せて形を取り戻している
住処のない優しさが先回りして誰かの膝に座っている
指は何本あってもいい心はふたつあってもいい
目を閉じると太陽から伸びた細い腕が
私には見えない姿の世界を少しずつ整えていく
時間に括り付けておいた黄昏時の部屋は
一回り大きな絶望を詰め込まれて橙色に軋んだ
別離からほつれた紐はいつも余って
私のでもあなたのでもない未来のために正しく取っておかれる
痣だらけの背中の上を流れるような
ごつごつとした石の転がる川の流れに
憎しみはただただ波も立てず杭となっている
焚火が私たちの瞼をあぶる
二人きりだ

あなたの土曜と日曜のない朝に傘を差している
か細い息の夏の上に、秋がまだらな楕円を描いている
正解を剥がして愛に名前を付けて呼んだ
試みられた地図の上で体が温かくなっていくのを受け取るしかない
体を小さく折りたたんで陶酔した思考は
後ずさりして踵に当たる石室の冷たさに似ている
遠くの尾根を滑り降りてくる霧散した記憶は
喪失に喜びを覚えるその瞬間から再び忘却へと返っていく
私の後ろで目隠しの布が縫われていく
この街一帯に

内側から開いてめくれる花のように
身体から言葉が顕れ出てくるあなたには容赦がない
地下道で足首をすり抜けていく排水溝の誘いに
私はいつでも泣き出す一歩前を歩かされ続けている
布をかけられた世界で生きる深海魚たちは
宝石のように固く目を閉じたまま小さな鉈で掘り起こされる
砂埃立つ深海から幾重にも反射して届いた言葉を
太陽の真下で抱きしめる私は
ぽたぽたと落ちる水が黒々とアスファルトに輝く
ただその永遠を掌からこぼし続けている

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